- 2026年5月26日
幸せホルモン「セロトニン」と奇跡の薬「新規抗うつ薬」
幸せホルモン「セロトニン」と奇跡の薬「新規抗うつ薬」
昔は山ほど抗うつ薬があったのですが、最近はサプライチェーンの問題だか、厚労省が製薬会社に「赤字になる薬を作らなくてもいい」という許可を出したせいだか分かりませんが、次々と使える抗うつ薬の数が減ってきました。そこで、現在うつ状態やうつ病などで保険認可されているお薬をざっと説明してみます。 抗うつ薬の歴史が雑談・蘊蓄的に入るかもしれませんが、ご容赦ください。
1950年頃から精神薬理学に革命が起こり、抗精神病薬や抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など、現在使われているような薬のプロトタイプが次々と開発され、臨床で使われていくようになりました。 抗うつ薬に関しては、最初はヒスタミン受容体遮断薬が候補に挙がっていたようですが、いろいろ研究する過程で、代謝経路が同じ「セロトニン受容体」に関連する薬が抗うつ薬として使われるようになり、今に至ります。 抗うつ作用がある薬はセロトニンに関係しないものでもたくさんあるのですが、現在の抗うつ薬はセロトニン系が主役です。保険も国によって違いますが、日本の保険制度上でもセロトニン関係の薬がほとんどです。
三環系抗うつ薬
そのようにして開発されたのがイミプラミン(トフラニール)で、こういうものを改良していって「三環系抗うつ薬」というのが開発されていきました。分子構造が3つの環を持つ分子であるためそう呼ばれます。形をちょっとずつ変えて改造していくというのが、昔の創薬の主流でした。
三環系抗うつ薬は、長らくうつ病や躁うつ病、うつ状態から不安障害、強迫性障害などの神経症性障害の主役でした。現在は学会的、科学的、ガイドライン的、理論的にも第二・第三選択薬といった準主役の位置づけですが、最近は使える人が少なくなってきてすっかり脇役のような感じになってしまっています。
三環系抗うつ薬はよく効きます。 昔のうつ病概念では(うつ病と躁うつ病もまだ分化していませんでしたが)、50歳前後でメランコリー親和型とか下田の執着気質と呼ばれる、病前性格として比較的規則的な生活をしていた人が、いろいろな人生の転機や環境の変化で強いうつ状態となり、そこに三環系抗うつ薬が著効しやすく予後が比較的良いと言われる、現在より限定された病態像が日本(とドイツ)などでは常識でした。 今のかなり年配の精神科医でもそういううつ病観が強く残っている先生もいらっしゃいますが、そろそろ引退なさっている方が多いです。これが三環系抗うつ薬が使えない医者の増加と関係しています。
「効果が高いが副作用も多い」というのが三環系抗うつ薬がガイドラインの優先処方薬にならない理由でしたが、現在はそうではないかもしれません。昔と違って科学的、つまり統計学的エビデンスをもとに薬剤を評価する時代ですので、ファーストチョイスにならない他の理由があるのかもしれません。あるいは、標準治療のフローチャート作りの段階では、現在も学会のエキスパートコンセンサスが強くふんわり決めている面もあるかもしれません。統計学的に何でも決めようとすると多変量過ぎて人間レベルでは判断が難しい面があると思いますが、今後データサイエンスやAI、スパコン、量子コンピューティングなどが発展すると、また事情は変わってくるかもしれません。
副作用が多彩なのは、セロトニンだけでなくアセチルコリンやノルアドレナリン、ヒスタミンなどのいろいろな神経伝達物質がかかわるためと言われています。抗コリン作用で副交感神経抑制作用があったりします(アセチルコリンは脳でも末梢神経系でも神経接合部位でも主要な情報伝達物質です)。いろいろな神経受容体の作用があって眠気が出たりするため、睡眠剤として推奨されていたこともあります。 何を主作用とするかによって、抗うつ薬としては眠気は副作用であっても、睡眠薬としては抗うつ作用の方が副作用になるかもしれません。
最大の有害事象は、大量に使うと心毒性、というか循環器への影響が大きいことです。昔は俗に「精神科の薬で過量服薬して死ぬ3大薬」として、三環系抗うつ薬、バルビツール酸系薬剤、炭酸リチウムなどと言われたこともあります(ローカルな言い伝えに過ぎないかもしれませんが)。 しかし、効果は強いです。新規抗うつ薬のように投与初期に吐き気が出ることがなく、逆に吐き気止め作用があります。
新規抗うつ薬は、三環系などの古い抗うつ薬に比べると弱いです。大まかに「抑うつ(ネガティブ反芻思考)」「意欲」「興味や喜び」の三系統の精神要素に抗うつ薬が効くとすると、三環系抗うつ薬はこの全てに効きます。新規抗うつ薬の効き目が悪い時のガイドライン上の選択薬になりますので、上手に使うといいでしょう。代表的な三環系抗うつ薬はアナフラニールとトリプタノールだと思われます。トリプタノールの方が鎮静作用が強いので、不安焦燥が強い時はトリプタノール、出ない時はアナフラニールなどと使い分けていた先生もいました。基本、鎮静作用や催眠作用がある薬は不安も改善させるので、抗うつ効果や抗精神病効果も高く出る傾向があります。
いろいろな事情で昔に比べて使える抗うつ薬は減っています。アモキサピン(アモキサン)という薬は副作用が少なく意欲上げによかったのですが、ニトロソアミン基が発がん性の可能性があるとかで厚労省が注意喚起を出したところ、ファイザーはとっとと発売をやめてしまいました。同じ注意が、やはり意欲が出やすく副作用が少ないノリトリプチリンにも出て、こちらは新規処方しないように大日本住友製薬が対応しています。トリミプラミン(スルモンチール)、ロフェプラミン(アンプリット)、ドスレピン(プロチアデン)などもそれぞれ個性がありますが、使われなさ過ぎて薬局でも置かれず、ますます使われなくなっている感じです。
SSRI
画期的な抗うつ薬です。アメリカで最初のSSRI、フルオキセチンが出た時には「奇跡の薬」と言われたようです。 不快な副作用が少ないです。出た当初はアクチベーションシンドロームとかディスコンティニュエーションシンドロームとかいろいろ言われましたが、熟練した精神科医が上手く使えば、問題になる副作用は服薬開始時の吐き気と性欲減退(男性なら直接的には勃起障害や射精障害)くらいな感じです。
こだわりを減らす作用があり、ネガティブな反復思考を減らしますが、こだわりが減るのが逆に副作用とみなせる場合もあります。よいことと悪いことは同じコインの裏表の場合があるのですね。 SSRIは「選択的セロトニン再取り込み阻害剤」の意味で、シナプス間隙のセロトニンの濃度を高めます。ほぼ純粋なセロトニンだけを高める薬剤で、他の受容体には作用しません。
セロトニンは全身にあります。消化管にあるセロトニンが90%以上の割合のはずです。セロトニンは生物進化的に古い成分でプラナリアも持っています。セロトニンやメラトニンは「インドールアミン」と呼ばれて同じ必須アミノ酸のトリプトファンから作られる物質です。
一方、ヒスタミンはヒスチジン由来のイミダゾールアミンで、眠気・覚醒、アレルギー、胃酸分泌などに関係します。セロトニンとトリプトファンは同じ代謝経路でヒスタミンはまた違う代謝経路になりますが、原材料が同じなので分子構造はよく似ています。
アミンというとアミノ基がある物質ですが、生理活性アミンというのは生物学や薬理学の歴史で重要です。植物由来の生理活性アミンはいわゆるアルカロイドで、毒にも薬にも使われます。というか、毒と薬は程度の問題のところがあります。物質の作用曲線というのがあって、効果域や中毒域や致死量などの量が研究されており、効果域なら薬でも中毒域以上は毒とみなすような感じです(伝統的な抗がん剤も、薬ですが正常な細胞にも被害を与えます)。
同じように、必須アミノ酸のフェニルアラニンから作られる「カテコールアミン」という物質群もあり、チロシン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどが仲間です。 インドールアミンは生物に20~30億年前からあって、カテコールアミンは数億年前からありますが、カテコールアミンは脊椎動物の交感神経系で急速に使われだしたところがあります。インドールアミンは作用が「もやっと」した感じがあるのに対して、カテコールアミンは「シャープ」な感じがするのはそのせいかもしれません。
SNRI
うつ病にはいろいろな説がありましたが、精神科では各疾患に神経伝達物質が関係しているという説が昔からありました。うつ病もセロトニンの不足が原因とする「セロトニン仮説」とか、カテコールアミンの不足が原因だとする「ノルアドレナリン仮説」とかがありました。
大まかに言うと、アドレナリンは副腎髄質からでるホルモンで、ノルアドレナリンは神経終末から出る神経伝達物質です。脳の神経伝達アミンは脳幹の特定の細胞群(細胞核)で作られてあちこちに投射するという、中枢神経の機能分化として面白いところです。中枢に供給するノルアドレナリンは脳幹の青斑核というところで作られ、そこからいろいろなところに投射して作用する感じです。
SNRIは「セロトニンもノルアドレナリンも増やしてしまえ」という思想の薬剤で、シナプス間隙のセロトニンもノルアドレナリンも濃度を高めて作用を増強させます。日本で使えるのはミルナシプラン(トレドミン)、デュロキセチン(サインバルタ)、ベンラファキシン(イフェクサー)となります。
ちなみに、ノルアドレナリンが抗うつ作用があるならノルアドレナリンだけ上げる薬を作ろうとしてつくられたのが、NRIであるアトモキセチン(ストラテラ)です。これは抗うつ薬としてつくられたのですが効果がなく、うつ病のノルアドレナリン仮説というのは下火になりました(今でも主張している人はいますが)。単一の伝達物質だけで精神疾患を語ることはムリがあったり古かったりするのかもしれません。アトモキセチンは抗うつ薬としてはこけたのですが、注意力を上げるADHDの薬として使われるようになりました。今はノルアドレナリンを上げると「鬱を解消する」よりかは「注意力を上げたり痛みを取ったり」みたいな見方が臨床的かもしれません。
- ミルナシプラン: 日本では新規抗うつ薬登場の初期に出ましたが、治験で用量設定を失敗して少ない用量しか出せず、効果不十分であまり使われないことになりました。
- デュロキセチン: 現在は精神科より痛みを取る薬として整形外科やペインクリニックで処方される方が多いかもしれません。
- ベンラファキシン: 治験でもたついて登場が遅れましたが、これは結構セロトニンの作用が強いので、鬱などには新規抗うつ薬の中でも効く方の部類だと思います。海外などでは疼痛治療に使われることも多いようです。
NaSSA
ミルタザピン(レメロン、リフレックス)の一剤だけです。 昔、新規抗うつ薬のメタアナリシスが行われたときに効果が一番強かったのですが、眠気の副作用があって使い方に注意が必要です。眠気の副作用があったので、アメリカでは4番目くらいに使われる睡眠薬として使われていたこともあったようです(1位がトラゾドンという抗うつ薬、2位と3位がゾルピデムという睡眠薬とテトラミドという四環系抗うつ薬だったと思います)。 アメリカでは医療保険に入っている人と入っていない人がいて、できるだけ安い薬剤選択がされること、欧米ではGABA受容体作動薬に対するネガティブな評価が日本より強くて使われにくいことなどがあったと思われます。 年齢により薬の効き方が違う場合がしばしばあり、ミルタザピンの眠気も高齢者では出にくい面があるようです。ミルタザピンの眠気はヒスタミン作用が関係しているという説があり、そういう受容体の発現が高齢者では少ないなどの説などいろいろ言われていました。
S-RIM(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬)
これも一剤で、ボルチオキセチン(トリンテリックス)です。日本で発売されたときは「アメリカでは一番売れている薬剤」みたいな鳴り物入りでしたが、売上高が高いのか処方数が高かったのかは分かりません。 この薬は、うつ病の症状である認知機能の改善のエビデンスがあります。また意欲上げの効果があります。用量が上がるとSSRI的な作用も強まっていく感じです。
四環系抗うつ薬
三環系抗うつ薬の副作用を減らすために開発された経緯があったと思います。 テトラミドという薬剤が睡眠薬として使われる場面があります。抗うつ作用は効果が弱くて、事実上ないのではないかという噂があります。 マプロチリン(ルジオミール)はノルアドレナリン受容体作動性が強い薬剤です。 テシプールは抗うつ作用も催眠作用もあり使いどころがあると思いますが、あまり使われなくなっていると思われ、薬局にはあまり置いてないので医者も使わない、医者が使わないから薬局も置かない、みたいな感じになっていることが多いのではないでしょうか。薬局に置いてないと取り寄せになりますので、飲み始めるのに時間がかかります。
その他・最新の動向
- トラゾドン(レスリン、デジレル): 睡眠薬としてよく使われると思います。抗うつ薬として使う人は現在ではあまりいないかもしれません。
- スルピリド(ドグマチール): ドパミン受容体遮断薬で胃腸の薬ですが、うつに適応があります。セロトニン受容体作動性が直接ない抗うつ薬です。日本ではよく使いますが海外ではあまり使わないと思われます。「この薬がないと私の臨床は成り立たない」と言っていた日本の気分障害の権威がいらっしゃいました(同感です)。ただ、重症の患者さんを診ている病院ではほとんど使われていないかもしれません。
- アリピプラゾール(エビリファイ): うつの適応があったと思いますが、これはセロトニン受容体作動性もあります(セロトニン受容体はいろんなタイプがあるので注意です)。
精神刺激薬がうつの適応となる場合があります。 精神刺激薬は覚醒度を上げる薬です。ナルコレプシーなどの眠気や過眠症、睡眠覚醒障害に使われたりします。やる気が出たり注意力が上がったり雑念が減るのが、抗うつ作用につながるのかもしれません。 昔だったらリタリンが適応があったと思いますが今はありません。ベタナミンとヒロポンという薬はうつの適応があります。どちらもあまり使われず、特に後者は使われません。ベタナミンは睡眠クリニックで出ることがあります(うつでの使用量は30mgまで、過眠症での使用量は200mgまでです)。意欲だけを副作用なく上げる薬がだいぶなくなってしまったので、時々使うことがあると思われますが、精神科の歴史はアッパー系の薬は使わなくなりダウン系の薬がメインになっていった歴史でもありますので、精神刺激薬に対してネガティブなイメージを持っている医師が多く使い方に注意が必要です。
最新の薬剤(GABA受容体作動薬)
2026年から、ズラノロン(ザズベイ)という新しい抗うつ薬も使えるようになりました。海外では周産期のうつが適応ですが、日本では普通のうつ病にも適応があります。これは従来のSSRIやSNRIのようにセロトニンやノルアドレナリンを主に調整する薬ではなく、GABA_A受容体に作用する薬です。GABA受容体にもいろいろなタイプがあり、既存のGABA受容体作動薬にも作用しますが、違うタイプのGABA受容体作動薬にも作用します。14日間という限られた期間で使う急性期治療薬で、従来の「毎日飲み続けて効果を待つ抗うつ薬」とはかなり性格が違います。一方で、眠気・めまい・鎮静、依存や乱用への注意も必要であり、今後の臨床経験の蓄積が重要です。
漢方薬も一応うつの適応がある薬があるかもしれません。多分、急性期や急性増悪期、不安焦燥が強い時などに使うのには少なくとも適していそうです。
海外ではケタミンという麻酔薬が抗うつ薬として使われているので、日本でも治験しているかもしれません。 セロトニン代謝を阻害するMAO阻害薬などが昔は保険適用されていましたが、今の日本では適用されていません。同じように、日本では使われなくなった抗うつ剤や、また抗うつ作用は証明されていても抗うつ薬として適応されない場合もあります。
薬の歴史は、単純な進歩ではありません。
古い薬には古い薬の強さがあり、新しい薬には新しい薬の使いやすさがあります。
大事なのは、薬の新しさではなく、その人の状態に合っているかどうかです。