- 2026年5月31日
死後の世界が発見された ――其の二・隼人
死後の世界が発見された ――其の二・隼人
次に通信が繋がったのは、薩摩の武士であった。
いつの世の者か、はっきりしなかった。本人が言わぬのである。問うと「そげなこつ、どうでんよか」と一蹴された。研究所はやむなく、ただ「薩摩の隼人どん」と記録した。
研究員は、例によって現代の暮らしを説明しようとした。小さな板がすべてを処理し、人は働かずに済む。考えることさえ、機械が肩代わりしてくれる時代です、と。
隼人どんは、最後まで聞かなかった。
「待て」と彼は遮った。「いま、なんち言うた。考えを、機械にさせると言うたか」
はい、と研究員は答えた。難しい判断も、計算も、文章を書くことも、いまでは機械のほうが上手なのです。
長い沈黙があった。研究員は、隠居のときのような、しみじみとした述懐を期待したのかもしれない。
返ってきたのは、雷だった。
「たわけがッ」
記録の音量計が、振り切れている。
「己の頭で考えんで、何が人か。判断を人にくれてやる奴を、薩摩では犬と呼ぶ。犬は飼い主の指図で動く。お前たちは、その板を飼い主にしたとぞ。己で己の飼い主を選んで、尻尾を振っちょる。犬以下じゃ」
研究員は、いえ、これは効率の問題でして、と弁明を試みた。
「効率」と隼人どんは、舌の上で転がすように繰り返した。「それは、楽をするということか」
まあ、そういう側面も、と研究員は言った。
「楽をして、強うなった者を、わしは一人も知らん」
研究員は、現代はもう、強さを競う時代ではないのだと説明した。争わず、傷つけ合わず、皆が穏やかに暮らす。それが今の理想なのです、と。
隼人どんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「ならば訊くが。お前たちのその、穏やかな世とやらは、誰が守っちょる」
研究員は、それも機械が、と言いかけて、口をつぐんだ。
「そうじゃろ」と隼人どんは言った。低い、静かな声になっていた。さっきの雷より、よほど恐ろしい声だった。
「守る力を、ぜんぶ手放した者の穏やかさを、穏やかとは言わん。あれは、まな板の上の魚の穏やかさじゃ。包丁を握っちょる者が、たまたままだ振り下ろしちょらんだけよ。お前たちは、それを平和と呼んで、安心して眠っちょる」
研究員は、何も言えなかった。
やがて隼人どんは、少しだけ声を和らげて、こう言った。
「じゃっどん、一つだけ、感心したこつがある」
研究員は、すがるように、何でしょうと尋ねた。きっと、現代の何かを認めてくれるのだと思った。
「お前は、わしにこれだけ叱られて、まだそこに座っちょる。逃げんかった」隼人どんは言った。「腰抜けの世にも、たまには骨のある若僧がおるな。よか。お前は、見込みがある」
研究員は、思わず、ありがとうございます、と頭を下げた。
「礼はよか」と隼人どんは言った。「そん代わり、その板を捨てて、明日から己の頭で考えれ。話はそれからじゃ」
通信は、隼人どんのほうから切れた。
研究員はその後、板を捨てなかった。捨てれば仕事にならなかったからである。
ただ、それから時々、難しい判断を板に任せようとするたびに、薩摩訛りの雷が、どこか頭の奥で鳴るようになった。たいそう、仕事の能率が落ちたという。