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  • 2026年2月26日

圏論的精神病理学序説

階層・解離・自律神経の統合的記述に向けて

Prolegomena to Categorical Psychopathology

圏論的精神病理学序説

階層・解離・自律神経の統合的記述に向けて

Toward a Unified Description of Hierarchy, Dissociation, and Autonomic Regulation
via Applied Category Theory

Discussion Note — February 2026

ABSTRACT

精神病理学には複数の記述枠組みが併存する——ジャクソンの階層的解体論、ジャネの水平的解離モデル、ポリヴェーガル理論の自律神経階層、マクリーンの三位一体脳モデル、エイのオルガノダイナミスム、そして現代のネットワーク論。これらは同一の臨床現象を異なる「軸」で切り取るが、相互の関係は十分に定式化されていない。本稿では、圏論(category theory)の基本概念——圏・関手・自然変換・随伴・極限・積——を用いて、これら諸枠組みを単一の数学的構造の中に配置し、精神疾患(意識障害、統合失調症、気分障害、解離症、自律神経失調、側頭葉てんかん、神経発達症)の圏論的モデル化の可能性を探る。これは厳密な数学的定式化ではなく、今後の研究プログラムのための概念的地図である。

§1 序:なぜ圏論か

精神病理学の歴史は、脳と精神の記述様式の多様性に特徴づけられる。同一の臨床現象——たとえば解離——を、ジャネは意識野の統合力低下による水平的分裂として、フロイトは無意識への抑圧という垂直的力学として、ポージェスは背側迷走神経の過活動によるシャットダウンとして記述する。これらは矛盾しているのか、補完的なのか、それとも同一構造の異なる射影なのか。

従来、こうした問いに対して「統合的モデル」が提案されてきたが、多くは言葉の上での統合にとどまり、異なる枠組みの間の構造的関係が数学的に明示されることはなかった。本稿の提案は、圏論がこの役割を果たし得るというものである。

圏論の強みは、対象そのものの内部構造よりも、対象間の関係(射)構造間の関係(関手)、さらに関係の間の関係(自然変換)を記述する点にある。これはまさに精神病理学が必要としているもの——異なる見方の間の翻訳可能性と情報の損失を精密に語る言語——である。

ここでの方法論は、消費者物価指数(CPI)の比喩を借りれば次のように述べられる。総合CPIという複雑な対象から、生鮮食品を除いた「コアCPI」、さらにエネルギーを除いた「コアコアCPI」を取り出すように、脳という複雑な圏から特定の見方(関手)によって射影を取り出す。そして各射影の間の関係を自然変換として記述し、全ての射影を同時に整合的に満たす構造を極限として復元する。

§2 基本的構成:精神病理学の圏

2.1 脳-精神の圏 Ψ

定義 2.1 — 精神病理学的圏 Ψ

圏 Ψ を以下のように構成する:

対象(objects):脳-精神系の構成要素。具体的には:

・神経解剖学的構造(新皮質、辺縁系、間脳、脳幹、脊髄、末梢神経節など)
・機能的状態(覚醒、睡眠、解離、パニック、凍結など)
・臨床的症候群(統合失調症、うつ病、解離症、てんかんなど)
・神経伝達物質系(ドパミン系、セロトニン系、GABA系など)
・発生学的前駆体(神経管、神経堤、外胚葉など)

射(morphisms):対象間の構造保存的関係。具体的には:

・解剖学的投射(A領域 → B領域への神経線維連絡)
・因果的影響(ある状態が別の状態を誘発する関係)
・発生学的分化(前駆体 → 分化した構造)
・進化的相同性(系統間の対応関係)
・臨床的関連(障害 → 症候の出現)

射の合成は関係の推移性によって定義される(A→Bの投射とB→Cの投射の合成はA→Cの間接的結合)。恒等射は各対象の自己同一性。

注意 2.2

厳密には、Ψ は単純な圏ではなく、射に「種類」のラベルがついた豊穣圏(enriched category)として構成するのが適切である。解剖学的投射と因果的影響と進化的相同性は質的に異なる射であり、それらを区別するためにはHom集合を単なる集合ではなく、射の種類を保持する構造体(たとえば多重集合やラベル付き集合)とする必要がある。ただし本稿では概念的明晰さを優先し、必要に応じて射の種類を明示しつつも、形式的には通常の圏として扱う。

2.2 標的圏の選定

Ψ からの関手の値域となる標的圏として、以下を用いる:

標的圏構造精神病理学的意味
Ord全順序集合の圏階層的順序(進化的新旧、解体の段階)
Part分割(partition)の圏セグメント的分割(解離による意識野の分裂)
Graphグラフの圏ネットワーク的結合(コネクトーム、機能的結合)
Dyn力学系の圏動的状態遷移(自律神経状態の切り替え)
Top位相空間の圏状態空間の連続的変形(スペクトラム概念)

§3 関手としての臨床的視座

本稿の中心的提案は、精神病理学における各理論的枠組みを、Ψ から適切な標的圏への関手として定式化することである。

3.1 ジャクソン関手 FJ :階層的解体

定義 3.1 — ジャクソン関手

関手 FJ : Ψ → Ord を以下のように定義する:

Ψ の各対象 X に対し、FJ(X) はその対象の「進化的階層レベル」を全順序集合内の値として返す。すなわち:

脳幹 < 間脳 < 辺縁系(旧・古皮質) < 新皮質(後方連合野) < 前頭前皮質

射に対しては、f: X → Y が解体(dissolution)の方向を持つならば、FJ(f) は順序の降下(高次 → 低次)として写像される。

ジャクソンの原理——「進化的に最も新しい構造が最初に解体し、最も古い構造が最後に残る」——は、この関手の下で 解体が順序の逆転として表現されることを意味する。エイのオルガノダイナミスムでは、この解体の深度が精神病理の重症度に対応した:

FJ における階層レベル解体の臨床的帰結(エイの図式)CPI比喩
前頭前皮質レベルの解体神経症圏(不安・強迫・解離)コアコアCPI的変動
辺縁系〜間脳レベルの解体気分障害圏(うつ病・双極性障害)コアCPI的変動
脳幹レベルの解体意識障害・せん妄・カタトニア総合CPI的変動

3.2 ジャネ関手 FJn :水平的解離

定義 3.2 — ジャネ関手

関手 FJn : Ψ → Part を以下のように定義する:

Ψ の各対象 X に対し、FJn(X) は X の「統合/分裂の様態」を集合の分割として返す。完全に統合された状態は自明な分割(全体が一つの塊)、完全な解離は最も細かい分割(各要素が孤立)に対応する。

ジャネのモデルでは、意識は統合力(synthèse mentale)によって一つの場に保たれるが、この統合力が低下すると心的内容がセグメントに分裂する。射 f: X → Y が解離の過程を表すとき、FJn(f) は分割の細分化(refinement)として写像される。

重要なのは、FJ(ジャクソン関手)と FJn(ジャネ関手)は本質的に異なる標的圏を持つことである。階層的順序と水平的分割は異なる種類の構造であり、一方を他方に還元することはできない。これが、解離を「抑圧の深さ」(垂直的・フロイト的)で語り尽くせない理由の圏論的表現である。

3.3 ポリヴェーガル関手 FPV :自律神経的階層

定義 3.3 — ポリヴェーガル関手

関手 FPV : Ψ → Ord × Dyn を以下のように定義する:

FPV の第一成分は、各対象に三段階の自律神経階層レベルを割り当てる:

背側迷走(不動化) < 交感神経(闘争-逃走) < 腹側迷走(社会的関与)

第二成分は、ニューロセプション(環境安全性の無意識的評価)に基づく状態遷移のダイナミクスを力学系として記述する。解体(dissolution)はこの階層を降下する遷移に対応し、ポージェスの系統発生的階層原理を表現する。

注目すべきは、FPV と FJ がともに Ord を標的に含むが、異なる順序づけを用いている点である。ジャクソン関手は脳の解剖学的階層(皮質→脳幹)を順序づけ、ポリヴェーガル関手は自律神経系の進化的階層(背側迷走→腹側迷走)を順序づける。両者が「同じ向き」に動くとき(たとえば重度のトラウマ反応で、皮質機能の解体と背側迷走の活性化が同時に起こるとき)、二つの関手は整合する。この整合性の条件こそが自然変換の問題である(§4で詳述)。

3.4 ネットワーク関手 FNet

定義 3.4 — ネットワーク関手

関手 FNet : Ψ → Graph を、各対象を脳領域ノード、各射を機能的結合のエッジとして写像する関手として定義する。デフォルトモードネットワーク(DMN)、サリエンスネットワーク(SN)、中央実行ネットワーク(CEN)などの大規模脳ネットワークは、FNet の像における部分グラフとして表現される。

現代の計算論的精神医学では、統合失調症をDMNとCENの結合異常として、うつ病をsgACC(膝下前帯状皮質)を含むDMNの過活動として記述するが、これは本質的に FNet を通した記述である。この関手は階層情報をほとんど保存せず、ジャクソン的解体の「深さ」が失われる。逆にジャクソン関手ではネットワークの「結合パターン」が失われる。この情報損失の非対称性こそが、両枠組みの補完性の圏論的意味である。

3.5 発生学的関手 FDev

定義 3.5 — 発生学的関手

関手 FDev : Ψ → Tree を、各構造にその発生学的系譜を木構造(有向根付き木の圏)として割り当てる関手として定義する。外胚葉 → 神経板 → 神経管/神経堤 → 各分化構造、中胚葉 → カハール間質細胞・心筋・血管平滑筋などの分岐が記述される。

この関手は、先の議論で浮かび上がった重要な事実——たとえば神経堤が「散在神経系の名残」ではなく「集中化した構造からの二次的分散」であること、あるいは大動脈弓の平滑筋が心筋と異なり神経堤由来であること——を構造的に保存する。神経発達症(ASD・ADHDなど)の理解において、FDev は他の関手では見えない発生学的脆弱性を照射する。

§4 自然変換:枠組み間の翻訳

二つの関手 F, G : Ψ → C の間の自然変換 η: F ⇒ G は、Ψ の各対象 X に対して ηX: F(X) → G(X) を与え、任意の射と整合する(自然性条件を満たす)ものである。精神病理学的には、これは「ある枠組みでの記述を別の枠組みに翻訳する規則」に対応する。

4.1 解離の二重記述と自然変換

解離は少なくとも二つの枠組みで記述される:

(a) ジャネ的記述FJn):意識野の水平的分割。統合力の低下により心的内容がセグメントに分裂する。標的圏は Part(分割の圏)。

(b) ポリヴェーガル的記述FPV):生命的脅威を検知したニューロセプションが背側迷走神経系を活性化し、凍結・不動化反応として「シャットダウン」が起こる。標的圏は Ord × Dyn。

問題は、これら二つの記述の間に自然変換が存在するかどうかである。

提案 4.1 — 解離に関する「部分的」自然変換

FJn と FPV は標的圏が異なるため、直接の自然変換は定義できない。しかし、FPV の Dyn 成分から Part への「位相的分割関手」π : Dyn → Part(力学系のアトラクター盆地による状態空間の分割)を介して、以下の図式を構成できる:

FJn ⟹? π ∘ proj₂ ∘ FPV

すなわち、ポリヴェーガル的力学系の状態空間をアトラクター盆地で分割したものと、ジャネ的な意識野の分割の間に自然変換が構成できるかという問題に帰着される。

臨床的直感はこれを支持する:背側迷走のシャットダウン状態は意識野の縮小・分裂と対応し、腹側迷走の安全状態は意識野の統合と対応する。しかし、この対応が全ての対象について自然性条件を満たすか——すなわち、全ての射(状態遷移)について図式が可換になるか——は非自明であり、これ自体が検証可能な予測を生む。

4.2 ジャクソン関手とポリヴェーガル関手の間の自然変換

FJ と FPV はともに Ord を標的に含むが、順序づけが異なる。しかし、重度の意識障害(せん妄、昏迷)においては:

・ジャクソン的には、新皮質の機能が全面的に解体し、脳幹レベルの反応が解放される。
・ポリヴェーガル的には、腹側迷走系が機能停止し、背側迷走系が優位になる(最も「原始的」な状態)。

この並行性は、二つの Ord 値関手の間に順序保存写像(自然変換の各成分)が存在することを示唆する。クレッチマーの「狸寝入り(Totstellreflex)」概念——極度の脅威に対する原始的不動化反応——は、まさにこの二つの関手が合流する点を臨床的に同定したものと解釈できる。Ψ脳-精神の圏Ord(解剖学的階層)Ord × Dyn(自律神経階層 × 動態)Part(分割の圏)FJFPVFJnη自然変換?π

図1:精神病理学的圏 Ψ から各標的圏への関手と自然変換の候補。η はジャクソン的階層とポリヴェーガル的階層の間の翻訳、π はアトラクター盆地による分割関手。

§5 積と極限:複数の視座の統合

5.1 積としての同時記述

ある臨床現象 X について、ジャクソン的記述 FJ(X)、ジャネ的記述 FJn(X)、ポリヴェーガル的記述 FPV(X)、ネットワーク的記述 FNet(X) を全て同時に保持したい場合、最も単純な構成は積(product)である:

F(X) = FJ(X) × FJn(X) × FPV(X) × FNet(X) × FDev(X)

各成分への射影が、特定の視座に限定して見る操作(まさにCPIからコアCPIを取り出すような操作)に対応する。積は情報の損失なく全ての記述を保持するが、構造間の相互制約を表現しない。

5.2 極限としての最大整合的記述

複数の関手とそれらの間の自然変換を同時に考慮したとき、全ての自然性条件を満たす最も情報量の多い対象が極限(limit)である。積が各成分を独立に並べるだけなのに対し、極限は成分間の整合性を強制する。

構想 5.1 — 精神病理学的極限

全ての関手 FJ, FJn, FPV, FNet, FDev と、それらの間の(部分的)自然変換を射とする「関手の圏」Func(Ψ, —) の図式に対する極限を構成できれば、それは各枠組みの記述を全て整合的に満たす最も豊かな統合的記述を与える。

臨床的には、これはある症例について「ジャクソン的にも、ジャネ的にも、ポリヴェーガル的にも、ネットワーク的にも矛盾なく説明できる最も完全な病態モデル」に相当する。このような極限が存在しない場合、それは枠組み間に本質的な不整合があることを意味し、それ自体が理論的に有意義な情報である。

§6 随伴:抽象化と具象化

随伴(adjunction)は圏論で最も強力な概念の一つであり、「最も良い近似」の普遍的性質を捉える。精神病理学の文脈では、具象化(concretization)抽象化(abstraction)の間の最適な翻訳として機能する。

定義 6.1 — 抽象化-具象化随伴

抽象化関手 L :(具体的な症例記述の圏 Clin)→(抽象的な病態モデルの圏 Model)と、具象化関手 R : Model → Clin が随伴 L ⊣ R をなすとき、以下が成り立つ:

HomModel(L(症例), 病態モデル) ≅ HomClin(症例, R(病態モデル))

すなわち、「ある症例を抽象化した上で病態モデルと比較する」ことと「病態モデルを具象化した上で元の症例と比較する」ことが、自然な意味で等価になる。

6.1 側頭葉てんかんにおける随伴

ヤンツが側頭葉てんかんを精神科と神経科の交差点と位置づけた洞察は、随伴の観点から再定式化できる。

側頭葉てんかんの具体的症例は、てんかん学的記述(発作型・脳波所見・焦点部位)と精神医学的記述(発作間欠期精神病・人格変化・解離症状)の両面を持つ。

ここで二つの「忘却関手」を考える:

UNeuro:精神医学的情報を忘却し、神経学的構造のみを保持する。
UPsych:神経学的情報を忘却し、精神病理学的構造のみを保持する。

各忘却関手に対して自由関手(left adjoint)が存在すれば、それは「神経学的データから最も良い精神医学的解釈を復元する」操作、あるいはその逆操作を与える。側頭葉内側の旧皮質・古皮質がこの随伴の「固定点」として特徴づけられる——すなわち、どちらの方向から見てもほぼ同じ構造が見えるような特権的な部分圏である——というのが、ヤンツの臨床的洞察の圏論的再解釈である。

注意 6.2 — 旧皮質・古皮質の「二重国籍」

海馬(古皮質)と扁桃体を含む辺縁系構造は、ジャクソン関手では階層の中間レベルに、ジャネ関手では分割の境界面に、ポリヴェーガル関手では交感神経と背側迷走の遷移領域に位置する。つまりどの関手で見ても「境界」に位置する。これは偶然ではなく、この構造が複数の記述枠組みの交差点であること——先の議論で「階層論とセグメント論が交わる場所」と呼んだもの——の圏論的表現である。随伴の単位(unit)と余単位(counit)がほぼ同型射になるような部分圏として、辺縁系を特徴づけることができる可能性がある。

§7 各精神疾患の圏論的素描

7.1 意識障害(せん妄・昏迷・クレッチマーの狸寝入り)

意識障害は、提案された枠組みにおいて最も多くの関手が同時に大きな値の変動を示す領域である。

FJ の値は最低レベル(脳幹水準の解体)に降下する。FPV も最低レベル(背側迷走優位)に達する。FJn は全体的統合の崩壊を示す(ただし意識障害では「分割」というよりも統合そのものの消失に近い)。FNet ではグラフ全体の結合が広範に低下する。

クレッチマーのTotstellreflex(狸寝入り反射)は特に興味深い。これは極度の脅威下における不動化反応を指し、ポージェスの背側迷走シャットダウンとほぼ同一の概念をクレッチマーが先取りしていたものと解釈できる。圏論的には、FJ と FPV の間の自然変換 η が、この特定の対象(Totstellreflex)において同型射になる——すなわち二つの記述が完全に一致する——ことを意味する。

7.2 統合失調症

統合失調症は、本稿の枠組みでは複数の関手が異なる深さの異常を同時に示す点で特異的である。

FJ は中間レベルの解体を示す。現実検討の喪失は前頭前皮質レベルの解体に相当するが、意識そのものは(通常は)保たれるため脳幹レベルには達しない。エイの図式では、統合失調症は「急性精神病構造」として位置づけられ、解体の深度は神経症圏より深く、意識障害ほど深くない。ここで注意すべきは、ジャクソン-エイ的解体において「解放」される陽性症状(幻覚・妄想)が、単に古い機能の露出ではなく、残存する統合能力による再構成であるとエイが主張した点である。これは、関手 FJ が値を返す際に、単なる階層値ではなく「解体の深さ」と「解放された機能の再組織化パターン」の対(pair)を返すような、より精密な構成を要求する。

FJn は自我統合の独特の様態を捉える。ブロイラーがSchizophrenieと命名した原義——「精神の分裂」——は、ジャネ的な解離とは異なるとされてきたが、近年の解離-精神病スペクトラム研究はこの境界を揺るがしている。圏論的には、FJn が返す分割パターンが、解離症とは質的に異なる(異なるPart の対象に写像される)のか、連続的なスペクトラム上にあるのかという問いとして定式化できる。

FNet は現代の計算論的精神医学で最も研究が進んでいる視座であり、機能的結合の広範な異常(特にDMNの過活動、SN-CEN間結合の異常、側頭-前頭間の結合異常)が報告されている。

7.3 うつ病(気分障害圏)

先の議論で「コアネオジャクソニズム」として位置づけられた気分障害は、FJ では辺縁系〜間脳レベルの機能障害として写像される。

注目すべきは、うつ病において FPV が特徴的な像を示すことである。うつ病の身体症状——食欲低下、便秘、性欲減退、疲労感——は横隔膜下臓器の機能低下を示唆し、これは背側迷走神経複合体の機能変化と整合する。一方で、うつ病における心拍変動(HRV)の低下は、腹側迷走のブレーキ機能の低下を示す。

つまりうつ病では FPV が「腹側迷走の低下」と「背側迷走の相対的優位化」という、ポリヴェーガル的階層の降下を示すと同時に、FJ は辺縁系〜間脳レベルの異常を示す。パンクセップの原始的情動系(中脳PAGのGRIEF/PANIC系)の過活動は、FDev(発生学的関手)によって照射される脳幹レベルの進化的に古い悲嘆反応回路の「解放」として解釈可能であり、ジャクソン的解体論の予測と合致する。

例 7.1 — メランコリー型うつ病の多関手記述

メランコリー型うつ病を Xmel とすると:

FJ(Xmel) = 辺縁系〜間脳レベルの解体(概日リズムの障害、HPA軸の脱抑制、快感消失)
FPV(Xmel) = 腹側迷走↓、背側迷走相対的↑(精神運動抑制、食欲・消化機能↓、HRV↓)
FJn(Xmel) = 分割は軽微(意識野は狭窄するが分裂はしない。ただし離人感を伴う場合は分割が進む)
FNet(Xmel) = sgACCを含むDMN過活動、DLPFCを含むCEN低活動
FDev(Xmel) = 中脳PAGのGRIEF/PANIC系の進化的起源にまで遡る脆弱性

これら五つの「射影」を同時に満たす極限対象が、メランコリー型うつ病の最も完全な病態モデルに相当する。

7.4 解離症と自律神経失調症

解離症は本稿の枠組みにおいて最も理論的に興味深い疾患群である。なぜなら、FJn(ジャネ関手)が最大の記述力を発揮する一方で、FPV(ポリヴェーガル関手)も独立に重要な記述を与え、両者の間の自然変換の存否が直接的な臨床的含意を持つからである。

自律神経失調症を「解離の身体版」として捉える立場がある。ジャネ的に言えば、身体的自動性(自律神経機能)が意識的統合から分離してしまった状態であり、ポリヴェーガル的に言えば、自律神経系の階層的制御の失調である。これら二つの記述がどの程度まで「翻訳可能」かは、§4.1で述べた自然変換の構成問題に直結する。

DID(解離性同一性障害)は FJn が最も劇的な値を示す——意識野が複数の自律的セグメントに完全に分割され、各セグメント間の射(情報の流通)が遮断される。興味深いことに、各人格状態間で自律神経パターン(心拍・皮膚コンダクタンス等)が異なるという報告があり、これは FJn の各分割成分が FPV の下で異なる値に写像されることを意味する——すなわち、ジャネ的分割がポリヴェーガル的状態と非自明に結合している。

7.5 側頭葉てんかん

§6.1で述べた通り、側頭葉てんかんは複数の関手の像が交差する特権的な部分圏を構成する。ここではさらに具体的に分析する。

側頭葉てんかんの発作時現象(前兆としてのデジャヴ、既視感、恐怖発作、上腹部不快感、自動症)は以下のように多関手的に記述される:

上腹部上行感(epigastric rising sensation):FPV は島皮質—内臓感覚回路の異常興奮を検出し、FJ は辺縁系レベルの異常興奮を検出する。ここで重要なのは、てんかんにおける異常はジャクソン的「解体」(機能の喪失)ではなく「刺激」(機能の過剰発火)であるという点である。これは FJ の定義を拡張し、解体(降下)だけでなく異常興奮(特定レベルのスパイク的上昇)も扱えるようにする必要を示している。ジャクソン自身がてんかんを「過剰で無秩序な放電」として解体の対極に位置づけ、しかし同時に放電後の抑制(Todd麻痺など)を解体と見なしたことは、この拡張に歴史的正当性を与える。

発作間欠期精神病:Slater(1963)が報告した側頭葉てんかんにおける統合失調症様精神病は、FJ(辺縁系レベルの慢性的機能変化)、FJn(分割パターンの変化)、FNet(側頭-前頭間の結合異常)が全て異常値を示す例である。「交差点」としての辺縁系の性格が臨床的に最も顕著に現れる場面と言える。

7.6 神経発達症(ASD・ADHD)

神経発達症は、本稿の枠組みにおいて FDev(発生学的関手)が最大の弁別力を持つ領域である。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)は、他の疾患と異なり「正常な状態からの逸脱(解体)」ではなく「発生過程における構成の変異」として理解される。

ポリヴェーガル的には、ポージェス自身がASDにおける腹側迷走複合体(社会的関与システム)の発達的脆弱性を論じている。表情認知・プロソディ知覚・声の抑揚の使用における困難は、疑核から出る有髄迷走神経線維と顔面神経・舌咽神経の機能的連携の問題として記述される。

ジャクソン的には、ASDを「階層的解体」として記述するのは不適切である(解体は以前に達成された機能の喪失を前提とするが、ASDでは当該機能がそもそも典型的には発達していない)。これは FJ の限界を示しており、発達と解体を区別するために、関手の値域に「到達したことのない水準」と「到達した後に喪失した水準」を区別する構造を導入する必要がある。これは順序集合に「経路の履歴」を追加するもので、Ord よりも Path(経路の圏)への拡張を示唆する。

§8 米田の補題と更なる展望

8.1 米田の補題的精神病理学

米田の補題は、「ある対象 X は、他の全ての対象から X への射の全体によって完全に決定される」と述べる。精神病理学的に翻訳すれば:

原理 8.1 — 精神病理学的米田原理

ある精神疾患 D の「本質」は、D の内部構造ではなく、Ψ の他の全ての対象(他の疾患、正常機能、脳構造、神経伝達物質系、発生学的前駆体)から D への射の全体——すなわち D に影響を与え、D と関係する全ての文脈的関係——によって完全に特徴づけられる。

これはDSM的な操作的定義(症候群の「内部的」記述)とは根本的に異なるアプローチである。DSMは各疾患を孤立した症候の束として定義するが、米田的アプローチは疾患を「関係の網の目の中の位置」として定義する。RDoC(Research Domain Criteria)の発想——疾患カテゴリーではなく次元的構成概念によって精神病理を記述する——は、暗黙のうちにこの方向を志向していると言える。

8.2 層(sheaf)理論への拡張

本稿の枠組みをさらに発展させる方向として、層(sheaf)理論の応用が考えられる。脳は解剖学的に「局所的な構造」の集まりであり、各局所(脳領域)には局所的な「データ」(神経活動パターン・臨床症候・関手の値)が載っている。層理論は、局所的データがいつ・どのように大域的に整合する(貼り合わせられる)かを扱う数学的枠組みである。

精神疾患を「大域的整合性の破綻」として特徴づけることは可能かもしれない。正常な精神機能では、各脳領域の局所的活動が大域的に一貫した意識体験・行動・自律機能に「貼り合わせ」られる。統合失調症における自我障害は、この貼り合わせの失敗——局所的データの間の非整合性——として記述できる可能性がある。これは「コホモロジー群が非自明になる」ことの臨床的翻訳であり、コホモロジーの「次数」が障害の深刻さや種類を分類するかもしれない。

8.3 高次圏論と意識

最も投機的ではあるが最も魅力的な方向として、高次圏論(∞-圏論)の応用がある。通常の圏は対象と射の2層構造であるが、高次圏は射の射、射の射の射……と無限に続く構造を持つ。

意識そのものが、脳状態についての脳状態——メタ認知——についてのさらなるメタ認知……という再帰的構造を持つとすれば、高次圏はこの再帰性を自然に表現する。ホフスタッターの「不思議の環(strange loop)」やトノーニの統合情報理論(IIT)における情報統合の再帰的構造が、高次圏の言語で記述できる可能性がある。

§9 討論:限界と可能性

9.1 本稿の限界

本稿は厳密な数学的定式化ではなく、概念的地図(conceptual map)である。以下の点が未解決である:

第一に、Ψ の対象と射の明示的な列挙と合成の検証。特に、異なる種類の射(解剖学的、因果的、発生学的、進化的)の合成が結合律を満たすかどうかは自明ではない。

第二に、各関手の値の定量化。FJ が「辺縁系レベルの解体」を返すと言うだけでは数学的には不十分であり、具体的にどの順序集合のどの要素に写像されるかを、操作的に定義可能な測定量(たとえばEEG指標、HRV、fMRI connectivity measures)に基づいて指定する必要がある。

第三に、自然変換の具体的構成。§4で議論した自然変換の存否は、経験的に検証可能な予測を生むが、その検証には枠組みの各成分の操作的定義が前提となる。

9.2 なぜそれでも有用か

上記の限界にもかかわらず、圏論的枠組みは以下の点で有用である。

概念的明晰化:「ジャクソンの理論とジャネの理論は矛盾するのか補完的なのか」という曖昧な問いを、「二つの関手の間に自然変換が存在するか」という精密な問いに変換できる。答えが未知であっても、問いの構造が明確になること自体に価値がある。

情報損失の可視化:各関手がどのような情報を保存しどのような情報を失うかが明示されるため、「この枠組みだけで語ることの限界」が構造的に見える。

新しい問いの生成:極限の存否、自然変換の可換性、随伴の構成可能性などは、いずれも経験的に検証し得る予測を(原理的には)導出する。層のコホモロジー群による疾患分類は、従来の臨床カテゴリーとは独立な分類を生む可能性がある。

統合の「型理論」:エイが目指した「器質と心因の統合」、ヤンツが見出した「精神科と神経科の交差」、ポージェスが架橋しようとした「身体と精神」——これらの統合の試みがどのような数学的構造を持つべきかについて、圏論は少なくとも明確な問いの型を提供する。

§10 結語

本稿は、ジャクソン・ジャネ・エイ・ポージェス・マクリーン・パンクセップ・ヤンツ・クレッチマーらの精神医学的・神経学的洞察を、圏論の基本語彙——圏・関手・自然変換・随伴・極限・米田の補題——を用いて再配置する試みであった。

圏論は「構造の間の構造」を語る数学であり、精神病理学は「記述枠組みの間の関係」を求める学問である。この親和性は偶然ではない。精神医学が必要としているのは、脳を一つの「正しい」視座で記述することではなく、複数の不可避的に異なる視座の間の翻訳規則と統合原理を明示する言語である。圏論はその候補たり得る。

もちろん、数学的形式が臨床的洞察を自動的に生むわけではない。ジャクソンがてんかん患者の枕元で積み重ねた観察、ジャネが催眠実験で見出した意識の分裂、エイが精神病院の臨床で精錬した階層図式——これら泥臭い経験的蓄積こそが圏の「対象」と「射」の内実を与える。圏論はそれら内実の間の形式的関係を照らし出す道具に過ぎない。しかし、適切な道具は新しい問いを可能にし、新しい問いは新しい発見を導く。本稿がその最初の一歩となれば幸いである。

  1. ジャクソンの解体原理の原典は主にJ.H. Jackson, “Evolution and Dissolution of the Nervous System” (Croonian Lectures, 1884)。
  2. ジャネの統合力概念についてはP. Janet, L’automatisme psychologique (1889) を参照。
  3. エイのオルガノダイナミスムの体系的叙述はH. Ey, Traité des hallucinations (1973) およびH. Ey, “La notion de dissolution jacksonienne et sa portée en psychiatrie” (1936)。
  4. ポリヴェーガル理論の原典はS.W. Porges, “The polyvagal theory: New insights into adaptive reactions of the autonomic nervous system” (2009)。批判としてはP.E. Grossman, “Problematic facets of the polyvagal theory” (2023) が代表的。
  5. 神経堤を「第四の胚葉」と呼ぶ提案はB.K. Hall, “The neural crest as a fourth germ layer” (2000)。
  6. カハール間質細胞についてはK.M. Sanders et al., “Interstitial cells of Cajal as pacemakers in the gastrointestinal tract” (2006)。
  7. 応用圏論の入門的概観としてはB. Fong & D.I. Spivak, An Invitation to Applied Category Theory (2019)。
  8. 層理論の神経科学的応用の萌芽としてはG. Cimini et al., “Sheaf theory and neural coding” (2022) などがある。
  9. パンクセップの原始的情動系についてはJ. Panksepp, Affective Neuroscience (1998)。
  10. ヤンツの側頭葉てんかんと精神医学の関係についてはD. Janz, “Die Epilepsien” (1969)。