- 2026年2月15日
哲学が難しいのは「あなたのせい」じゃない
——ピアジェで解く、実在論→構造主義→中道(メタ認知)への階段 🧠🪜
哲学が難しいのは「あなたのせい」じゃない
——ピアジェで解く、実在論→構造主義→中道(メタ認知)への階段 🧠🪜
「構造主義って、なんか難しい」
「ポスト構造主義って、結局なに言ってるの?」
この感覚、かなり健全です。というのも——構造主義は“知識”というより、思考OSのバージョンアップだから。
ここで登場するのがピアジェ。彼は子どもの認知発達を追っただけじゃなく、いわば「知がどう成長するか」を扱う**発生的認識論(genetic epistemology)**の人でした。
そしてあなたの着想どおり、**個体発達(子どもが世界を理解していく道)**と、**思想史(人類が世界を理解していく道)**は、驚くほど似た形を取りがちなんですよね。
この記事の狙いはシンプルです👇
「構造主義が難しい理由」を、能力じゃなく“発達段階”として説明し直す。
その上で、実在論と構造主義を“混ぜこぜ”にせず、**分けて往復する(中道的メタ認知)**の感覚まで持っていく。
0. まず結論:世界の見方には「階段」がある
ざっくり地図を先に出します(地図を先に渡す派です🗺️)。
- 素朴実在論:ものがそのまま本質(“見たまま世界”)
- 科学的実在論(実証主義寄り):測って、分類して、安定した対象を扱う(“事実は一つ世界”)
- 構造主義:対象より関係・差異・ルール(“関係が本質世界”)
- ポスト構造主義/中道(メタ認知):構造すらも道具として切り替える(“視点を操作する世界”)
そしてこれが、ピアジェの「操作(operation)」の発達——
具体をいじれる → 抽象をいじれる → 視点そのものをいじれる
と綺麗に重なる。
1. ピアジェの階段:認知は「対象」から「操作」へ育つ
ピアジェ流に言うと、子どもは世界を“ただ見る”のではなく、頭の中で操作できるようになります。
① 感覚運動期(だいたい0〜2歳)
世界は「触れる/動く/消える」。
ここで育つ大事件が物体の永続性(見えなくても存在してるっぽい)です。
哲学で言えばまだ前哲学、でも超重要。ここがないと後の議論の土台が立たない。
② 前操作期(だいたい2〜7歳)
言語とイメージが爆発するけど、論理はまだ“直感”寄り。
保存(量が同じ)が弱い。見た目が変わると中身も変わった気がする。
ここが、素朴実在論の黄金期です。
「赤いから赤い」
「強い人は“強さ”という実体を持っている」
「あの人が悪い“性格”だからそうした」
この“属性の実体化”って、幼児だけじゃなく大人も日常でやります。SNSで毎日見ます。つらい。😇
③ 具体的操作期(だいたい7〜11歳)
保存・分類・系列化ができる。
ただし“具体物があると強い”けど、“抽象だけ”はまだ重い。
思想史で言えば、近代科学が強くなる感覚に近い。
- 測る、数える、比較する
- 「同じ条件なら同じ結果」
- 「事実(データ)が最強」
ここで多くの大人がかなり長く住みます。住み心地がいいんですよね。「正解がある」って安心なので。
④ 形式的操作期(だいたい思春期以降)
ここで革命が起きます。
“もしAならB”、仮説とモデル、変数の操作。具体物がなくても思考できる。
ここが、構造主義が「体感として可能になる」条件です。
2. 哲学史の鏡像:素朴実在論→構造主義へ
レベル1:素朴実在論(前操作っぽい世界)
世界は「もの」からできている。
リンゴはリンゴ。赤は赤。善は善。悪は悪。
この見方は、日常運転に強い。速い。説明が要らない。便利。
ただし弱点があります。
関係や文脈が変わっても“本質が固定”だと思い込みやすい。
レベル2:科学的実在論(具体的操作っぽい世界)
「測って確かめよう」。
対象を安定した“もの”として扱い、分類し、比較し、再現性を取る。
このレイヤーは文明の主力エンジンです。
しかし、ここで詰まる問いも出てくる。
- 言語の意味って、どこに入ってるの?
- 役職の権威って、成分として誰かに入ってるの?
- お金の価値って、紙に“価値分子”が付着してるの?
このあたりから「もの」より「関係」の匂いがしてくる。
レベル3:構造主義(形式的操作っぽい世界)
構造主義はざっくり言うとこうです。
“もの”が意味を持つのではない。
“差異と関係の網”の中で意味が生まれる。
ソシュールなら「記号の意味は差異で決まる」。
レヴィ=ストロースなら「神話や親族関係は変換ルールで読める」。
王様が偉いのは、偉さ成分が体内にあるからじゃなくて、
“王という位置”が構造上そうなってるから。
ここに入ると、世界が急にクールになります。🧊
そして多くの人がこう思う。
- 「現実味がない」
- 「言葉遊び」
- 「なんか人間味が消えた」
でもこれは、OSが変わった副作用です。
“見たまま世界”から、“関係の世界”に切り替わるので、直感が反発します。
3. いちばん大事:多くの人は「混ぜこぜ」で止まる
あなたが言っていた核心はここです。👏
構造主義を学んだつもりでも、無意識に実在論が混じる。
すると何が起きるか。
典型的な混入①:構造を“モノ”にしてしまう
「構造が大事」→「構造という実体が裏に鎮座してる」
これ、脱・実体のはずが、**新しい実体(構造神)**を召喚してしまう罠です。
典型的な混入②:モデルを自然化する
「そう説明できる」→「世界は本当にそうである」
モデルが強いほど起きる。説明が上手いと“真理っぽく見える”んですよね。
典型的な混入③:分野ごとの“段差”
数学では抽象操作できるのに、政治になると前操作期みたいになる。
この現象はピアジェ系で言うところの**デカラージュ(décalage:ズレ)**で、めちゃくちゃ人間らしい。
人は一枚岩の理性ロボじゃない。領域ごとにOSが違う。🤖(違う)
4. その先が「中道」:実在論と構造主義を分けて往復する
ここからが面白いところです。
構造主義を知ったあと、さらに一段上がる感じ。
実在論も構造主義も“視点(道具)”である。
状況に応じて切り替え、往復する。
これがあなたの言う
中道的なメタ認知
(ポスト構造主義っぽさ/中観っぽさ)です。
- 実在論:日常の運転に強い(リンゴは食える)
- 構造主義:バグ取りに強い(リンゴの「リンゴ性」を作ってる条件が見える)
- 中道:運転もするし、必要なときだけデバッガーにもなる(切替自在)
ここを仏教っぽく言い換えるなら、
- 世俗諦(ふつうに生きる)
- 勝義諦(構造を見る)
- そして両者を対立させず運用する技が中道
という整理がかなり相性いい。
5. なぜ現代思想は「直感に反する」のか(答え)
答えはわりと身も蓋もないけど強いです。
必要な思考操作が“形式的操作”を要求するから。
つまり、理解が遅れがちなのは自然。成長痛みたいなもの。
人類が数千年(いやもっと)かけて「もの→関係→メタ」へ来た道を、
私たちは数十年で駆け上がろうとしてる。
そりゃ難しい。むしろよくやってる。🥷
6. 使えるミニ練習:同じ題材を3回説明する
読むだけで終わらせない用に、最後に“手触り”を置きます。🧪
題材は何でもいいです。「病名」「お金」「SNS炎上」「家族」でも。
① 素朴実在論モード
「それはそれだ」
例:うつ病はうつ病。本人の中に“うつ成分”がある。
② 構造主義モード
「それは関係と差異の効果だ」
例:“うつ”は診断体系、文化、言語、社会的期待、ストレス構造、生活リズム…の網の中で成立するラベルでもある。
③ 中道(メタ認知)モード
「どのモデルを使うかを選ぶ」
例:治療や支援では“実体っぽい扱い”が役立つ局面もある。
一方で“構造の点検”が効く局面もある。
両方を切り替えるのが上手い人ほど、揉めないし回復が早いことが多い(体感として)。
結び:哲学は「正解当て」じゃなく、視点の筋トレ 🏋️♀️
構造主義やポスト構造主義は、知識というより認知の運動能力です。
だから難しい。でも、だから効く。
- 世界を「もの」として見てもいい
- 世界を「関係」として見てもいい
- そして、両方を行ったり来たりできると、世界が立体視になる
この立体視こそ、現代思想のいちばん気持ちいいところです。🌌