- 2026年2月8日
料理の王様は中華、女王はフレンチ。では和食は?
——「究極の老人食」が、老いた王侯貴族を救うとき——
料理の王様は中華、女王はフレンチ。では和食は?
——「究極の老人食」が、老いた王侯貴族を救うとき——
はじめに:若さは「足し算」、老いは「引き算」
料理の世界には、間違いなく「王道」が存在する。 炎と油で素材を爆発させる中華料理は、まさに**「料理の王様」だ。 バターとクリームとソースを幾重にも重ねるフランス料理は、華麗なる「料理の女王」**だ。
10代、20代の若者がこれらを愛するのは当然だ。 成長期の身体は、カロリーと脂質とタンパク質を渇望している。彼らにとって「美味しさ」とは、ガツンと脳を殴るような**「足し算の快楽(エネルギー)」**のことだ。 この時期に、薄味の煮物や白和えを出されても、「年寄くさい」「味がしない」と感じるのは、生物として極めて正常な反応である。
しかし、人生には必ず**「王道が牙を剥く日」**がやってくる。 代謝が落ち、消化機能が衰えたとき、かつて愛した王様の脂(ラード)や女王のバターは、内臓を痛めつける「暴力」へと変わる。
そのとき、身体が本能的に求めるのが、**日本の「老人食」**だ。
1. 和食の正体:世界でも稀有な「腸の掃除屋」
誤解を恐れずに言えば、和食の本質は**「消化できないゴミを美味しく食べる技術」**にある。
欧米の食文化では、栄養(カロリー)にならないものは徹底的に排除される。 しかし和食はどうだ。 ごぼう、こんにゃく、海藻、きのこ。 これらは栄養学的に見れば「ほぼゼロカロリー」であり、消化吸収もされない。欧米なら「木の根」や「ゴミ」として捨てられる代物だ。
なぜ日本人は、これらを手間暇かけて煮込み、ありがたがって食べるのか? それは、これらが単なる栄養源ではなく、「腸内環境(糞便)の調整機能」を持ったメンテナンス・パーツだからだ。
- ごぼう(不溶性食物繊維): 腸壁を刺激し、便の嵩(かさ)を増やす「掃除ブラシ」。
- こんにゃく(グルコマンナン): 腸内の毒素を吸着し、ゆっくりと移動する「スポンジ」。
- 海藻(水溶性食物繊維): 便を柔らかくし、ヌルヌルと排出を助ける「潤滑油」。
若者の食事が「いかに効率よくガソリン(栄養)を入れるか」なら、 和食(老人食)は**「いかに効率よく排気ガス(老廃物)を出すか」**に特化している。 これは食というより、**高度な「排泄マネジメント・システム」**なのだ。
2. 発酵という「外部委託」
さらに和食には、老いた内臓を助ける強力なパートナーがいる。**「菌(発酵)」**だ。
納豆、味噌、ぬか漬け、醤油、鰹節。 これらはすべて、微生物の力であらかじめタンパク質を分解(予備消化)した食品だ。 胃腸が弱った老人は、自分で消化するエネルギーすら惜しい。だから、菌に「外注」して消化してもらう。
さらに、これらの菌は腸に届き、**腸内フローラ(細菌叢)**という名の「体内庭園」を整備する。 現代医学が「プロバイオティクス」と呼んでありがたがることを、日本人は何百年も前から、毎日の味噌汁と漬物で実践してきたのだ。
3. 王侯貴族も最後はここに帰る
歴史を見れば、世界中の美食を極めた王侯貴族たちも、晩年は「粗食」に回帰している。 フランスのルイ14世も、清の乾隆帝も、最後は消化の良いスープやお粥を求めた。 彼らの身体が悲鳴を上げ、**「もうエネルギー(足し算)はいらない。メンテナンス(引き算)をしてくれ」**と叫んだとき、そこに用意されるべきはフレンチのフルコースではない。
「出汁(アミノ酸)」と「水」と「繊維」で構成された、究極の老人食(和食)だ。
油脂を使わず、出汁の旨味で脳を満足させ、食物繊維で腸を掃除し、発酵食品で免疫を整える。 これは「貧しい食事」ではない。 人生という長い宴(うたげ)のあとに用意された、**世界で最も洗練された「アフターケア・ミール(回復食)」**なのだ。
結論:胃腸が老いると、味覚は哲学になる
現代人は、飽食とストレスで、20代からすでに内臓が「老人化」している。 だからこそ今、世界中で「WASOKU(和食)」がブームになっているのは、単なるヘルシー志向ではない。人類の腸が、悲鳴を上げて**「救済」**を求めているからだ。
「若い頃はハンバーグが好きだったけど、最近は風呂吹き大根が美味いなあ」 そう感じたとき、嘆く必要はない。 それはあなたが老いたからではない。 あなたの身体が、エネルギーの浪費をやめ、持続可能な生命維持システム(メンテナンス)へとOSをアップデートした証拠なのだ。
中華が王様なら、フレンチは女王様。 そして和食は、彼らが王座を降り、ただの「人間」に戻ったときに寄り添う、**「静かなる賢者(ドクター)」**なのである。