- 2026年2月6日
日本は神の国?:思想史と確率論で解く「国体」の正体
日本は神の国?:思想史と確率論で解く「国体」の正体
江戸時代以降の日本思想史と、現代の統計学的視点を交え、日本という不思議な国の「OS(オペレーティングシステム)」を解剖してみます。
第1章:江戸思想史のパラドックス ――幕府が育てた「倒幕の種」
江戸時代は「封建的で停滞した時代」と思われがちですが、実際には非常に多様な思想が花開いた、知の百家争鳴時代でした。皮肉なことに、徳川幕府が正統とした学問そのものが、最終的に幕府を倒すロジックを生み出していきます。
1. 崎門学と垂加神道:朱子学が生んだブーメラン
徳川幕府は、統治の正当性を担保するために「朱子学」を官学としました。しかし、ここに大きな落とし穴がありました。
朱子学の大義名分論(君臣の別を正す)を突き詰めると、「日本の真の君主は天皇であり、将軍は天皇から権力を預かっているに過ぎない」という結論に至ります。
これを過激に推し進めたのが山崎闇斎と、その弟子・浅見絅斎らによる「崎門学(きもんがく)」です。
- 思想の魔合体: 彼らは朱子学の理論と神道を接続し(垂加神道)、「日本こそが中華(文明の中心)であり、万世一系の皇室を戴く神の国である」と説きました。
- 幕府=簒奪者?: 浅見絅斎の『靖献遺言』などのロジックに従えば、天皇をないがしろにする将軍は「名分を乱す簒奪者」と見なされかねません。
幕府が体制維持のために導入した朱子学が、巡り巡って「徳川はけしからん」という尊王思想の火種になる。まさに歴史的な特大ブーメランでした。
2. 荻生徂徠と「リアリズム」の発見
一方で、朱子学の観念論(心の中に理を求める)を批判し、徹底したリアリズムを説いたのが荻生徂徠です。
- 制度論への転換: 彼は孔子の教えを「個人の道徳」ではなく「天下を治めるための制度(礼楽刑政)」と再定義しました。
- 実証主義: 「古代の言葉(古文辞)を正しく読まなければ、聖人の教えは分からない」とし、徹底的な文献学・実証主義を貫きました。
この「事実と論理で考える」という徂徠の合理主義は、後の明治維新における西洋文明の急速な受容(近代化)の下地となりました。
第2章:アーカイブ国家・日本 ――中国にないものが日本にある
「中華文明」の本家は中国ですが、実はその「現物」を最も良く保存していたのは日本でした。
「佚存書(いつそんしょ)」という衝撃
中国では、易姓革命(王朝交代)のたびに前の王朝の宮殿や書物が焼かれ、文化がリセットされてきました。一方、日本では皇室が存続し、大きな文化的断絶が少なかったため、中国では失われた貴重な書物(佚存書)が大量に残されていました。
この事実は、江戸後期から意識され始めましたが、決定打となったのは明治時代です。
清の外交官で学者の**楊守敬(ようしゅけい)**が1880年頃に来日し、日本の古書店や寺院に眠る漢籍を見て驚愕しました。「本国では幻となった書物が、山のようにある!」と。
彼がそれらを買い戻し(書籍の里帰り)、『日本訪書志』などで紹介したことで、「日本こそが東洋の宝庫(アーカイブ)である」という認識は、日中双方の知識人の間で決定的なものとなりました。
第3章:皇室存続の確率論 ――SSRを引き当てた国
日本の皇室は、神話の時代を含めれば2600年、歴史的に確実なラインで見ても1500年以上、一つの男系血統(Y染色体)が続いています。
これを「確率論」で考えると、どれほどの奇跡なのでしょうか。
100世代のロシアンルーレット
仮に2600年を約100世代とします。
1世代(約26年)ごとに、以下のリスクを回避し続ける必要があります。
- 生物学的リスク: 男子(世継ぎ)が生まれ、成人する。
- 政治的リスク: 革命や暗殺で王朝が滅びない。
もし、1世代ごとの生存・継続確率を「99%(超高確率)」と仮定しても:
$$0.99^{100} \fallingdotseq 0.366$$
つまり**約36%**まで落ちます。
もし少しでもリスクがあり、継続確率が「95%」だったとすると:
$$0.95^{100} \fallingdotseq 0.0059$$
確率は**約0.6%**になります。
世界の王朝が数百年で交代していることを考えれば、生存確率はもっと低く見積もるべきかもしれません。そう考えると、日本の皇室が存続している確率は、ソシャゲのSSR(スーパースペシャルレア)、あるいはそれ以上の「天文学的な奇跡」と言えます。
これを可能にしたのは、「権力(政治)」と「権威(祭祀)」を分離し、時の権力者が天皇を利用する(殺さない)構造を作った、日本独自の「知恵」あるいは「運」でしょう。
統計学的な「親戚」関係
一方で、「日本人は皇室と血が繋がっているか?」という問いに対し、数理モデル(Pedigree Collapse:家系図の崩壊現象)を用いて考えると面白い結論が出ます。
祖先の数は代を遡るごとに倍増します(2人, 4人, 8人…)。30代(約900年)遡ると、理論上の祖先数は10億人を超え、当時の日本の人口を遥かに上回ります。
これは「祖先が重複しまくっている」ことを意味します。
閉鎖的な島国で1000年以上シャッフルされれば、統計学的には**「現代の日本人はほぼ全員、どこかで歴代天皇(あるいはその兄弟)の血を引いている」**という帰無仮説が採択されます(P値≒0)。
つまり、日本人は比喩ではなく、文字通り「巨大な家族(親戚)」なのです。
おわりに:国体とは何か
「国体」という言葉は戦前・戦中の政治的文脈で語られがちですが、もう少しドライに見れば、それは**「歴史という巨大な複利資産」**です。
- 2600年(あるいは1500年)続いたという**「時間の証明」**。
- 権力闘争があっても、文化や血統を完全には断絶させなかった**「知恵」**。
- 大陸で失われたものを保存し続けた**「アーカイブ機能」**。
これらが重層的に積み上がり、今の日本を形作っています。
権力は一代で築けますが、権威(歴史)は時間をかけなければ作れません。この「取り返しのつかない資産」をどう維持し、次世代に継承するか。それは、我々「親戚一同」の知恵にかかっているのかもしれません。