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  • 2025年12月9日

【論考】実在論・構造主義・量子論による「世界認識の鼎立(ていりつ)」

――現代哲学と現代物理学の交差点として――

【論考】実在論・構造主義・量子論による「世界認識の鼎立(ていりつ)」

――現代哲学と現代物理学の交差点として――

序:構造主義を使わなくても「非実在論」はありうる

現代哲学の基本的な枠組みは、「実在論」と、それを相対化する「構造主義」の対立構造で語られることが多いです。

「実在論」は、私たちの頭に素朴に染みついています。目の前のモノは確かにそこにあり、私が見ていようがいまいが世界は変わらない、という感覚です。これを相対化するために、20世紀の思想は「構造主義」という強力なツールを生み出しました。「意味や価値は、モノそのものにあるのではなく、関係性(構造)によって決まる」という考え方です。

しかし、実在論を批判し、相対化できる思想は構造主義だけなのでしょうか? 実は、自然科学の領域に、もっと強力な「思想」が存在します。 それが**「量子論」**です。

物理学である量子論を「思想」と呼ぶことには議論があるかもしれませんが、現代の世界観を決定づけるという意味で、これは極めて重要な知的枠組みです。 本稿では、**「実在論」「構造主義」に加え、「量子論」**を第三の極として立てることで、世界をより立体的に、かつ柔軟に解釈する可能性(鼎立の可能性)について論じます。

1. 実在論の正体:デカルト的「延長」と古典物理学

まず、私たちが慣れ親しんでいる「実在論」とは何かを整理します。 実在論の肝は、デカルト的な**「延長(Extension)」**の概念にあります。

  • 境界と体積: 物質には明確な「境界」があり、「体積」を持ち、空間を排他的に占有している。突然消えたり現れたりしない。
  • 幾何学的整合性: この世界観は、ユークリッド幾何学や座標幾何学と非常に相性が良いものです。

この実在論的な世界観を極限まで洗練させたのが**「古典物理学(ニュートン力学)」です。 古典物理学では、質点や剛体を扱いますが、基本的には「誰も見ていなくても、月はそこにあり、特定の位置と速度を持っている」という素朴実在論**を前提としています。

この考え方は、私たちの日常生活においては非常に実用的(功利的)です。脳のリソースをあまり使わず、「モノはそこにある」と信じて行動する方が生存には有利だからです。構造主義のように「これは社会構造によって意味づけられた現象に過ぎない」といちいち考えていては、日常生活を送るのに疲れてしまいます。 したがって、実在論は**「人間の個体発達とともに自然に身につく、便利な知的ツール(UI)」**として肯定されるべきものです。

2. 実在論の限界と、二つのカウンターパート

しかし、深く考え始めると、実在論だけでは「不都合な真実」にぶつかります。数学における「点(大きさを持たないもの)」の定義の矛盾や、社会現象の複雑さなどです。

ここで、実在論を相対化するために二つの道が現れます。

① 文系(意味)からのカウンター:構造主義

「真実はモノ自体に内在するのではなく、システム(言語・社会・無意識)が生み出す効果である」とし、主体の絶対性を解体します。これは強力ですが、概念的で習得が難しく、日常生活で常に適用するには「迂遠」です。

② 理系(物質)からのカウンター:量子論

これが本稿の主題です。量子論は、物理的な「物質」そのものの在り方を問うことで、実在論を根底から揺さぶります。

  • 古典力学(実在論): 世界は独立した「点(モノ)」の集まりであり、性質はあらかじめ決まっている。
  • 量子論(関係論): 観測(相互作用)するまでは性質(位置や状態)が確定していない。「モノ」があるのではなく、「確率」や「関係性」があるだけ。

量子論は、構造主義と同様に**「実体(Substance)から関係(Relation)へ」というパラダイムシフトを共有しています。いわば、構造主義と量子論は、実在論という巨大な城を「意味の側面」と「物質の側面」から挟み撃ちにする共犯関係**にあると言えます。

3. 時空間概念の崩壊:量子論が提示する新しい世界像

量子論が実在論に対して突きつける最も過激な問いは、実在の前提である**「時空間(タイム・アンド・スペース)」そのものの書き換え**です。

私たちが「実在」を感じる時、それは「時空間という箱」の中に配置されています。しかし、現代の量子論(特に量子もつれや量子重力理論の知見)は、この常識を覆します。

  • 距離の喪失(非局所性): 量子もつれの状態にある二つの粒子は、何億光年離れていようが、片方の観測結果がもう片方に「瞬時」に相関します。これは、私たちが信じている「距離」という概念が、根源的なレベルでは存在しないか、あるいは我々の知る空間とは別の「抜け道(ワームホール等)」で繋がっていることを示唆します(ER=EPR仮説)。
  • 因果のゆらぎ: 「重ね合わせ」の状態では、過去と未来、原因と結果が、観測されるまでは「可能性の霧」として混ざり合っています。時間は一直線に流れる絶対的なものではなく、相互作用の結果として現れるものです。

つまり、**「絶対的な時空間という舞台(箱)があって、そこに物質がある」のではなく、「関係性(もつれ)のネットワークがまずあり、その結果として時空間がホログラムのように浮かび上がっている」**という逆転の発想です。 これは、世界を「集合論的(要素の集まり)」ではなく「圏論的(関係性の矢印)」に捉える視点とも一致します。double slit experiment diagramの画像

Getty Images

4. 結論:三つの思想を使い分ける「大人の知恵」

現代哲学の到達点として、構造主義やポスト構造主義があります。仏教における「空」や「中観」の思想もこれに近い位置にあります。 しかし、ここに「自然科学の実証」に裏打ちされた量子論を加えることで、議論はより強固になります。

私たちは、以下の三つを状況に応じて使い分ける(鼎立させる)ことができるはずです。

  1. 実在論(古典力学): 日常生活やマクロな現象を扱うための、高効率な**「ユーザーインターフェース(UI)」**。
  2. 構造主義(社会科学): 社会、文化、言語のバイアスを理解し、メタ認知するための**「分析ツール」**。
  3. 量子論(現代物理学): 物質と宇宙の根源的なあり方(関係性・非局所性)を理解するための**「基盤的OS」**。

「量子論=非実在論」と言い切る必要はありません。量子論の中にも多様な解釈があります。しかし、**「量子論は、実在論的な世界像が絶対ではないことを、物理的事実として突きつける」**という点において、構造主義と並ぶ、あるいはそれ以上に強力な「現代の教養」となりうるのです。

実在論を捨て去るのではなく、構造主義で頭でっかちになるのでもなく、量子論の不思議さを神秘主義に逃げるのでもなく。 この三つを**「それぞれ有効なレイヤーが異なる理論」**として並列させ、自由に往還すること。それこそが、現代におけるバランスの取れた知的態度ではないでしょうか。