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  • 2025年10月19日

人類とは何か:海底に眠る真実の物語

人類とは何か:海底に眠る真実の物語

序章:失われた“主舞台”

私たちが読んでいる人類史は、海底に沈んだ**“主舞台”を欠いた抜粋版**かもしれない。

この論考の核は、以下の三つの視点にある。

  1. 氷期の人類の主舞台は、海面上昇で沈んだ沿岸低地(現在の海底)にあり、陸上の遺跡は必然的に偏った痕跡である。
  2. 人類の移動は「グレートジャーニー」のような一方通行ではなく、気候変動に応じた双方向・多回廊のダイナミックな往来だった。
  3. 海底考古学の進展は、今後の人類史像を根本から書き換えるパラダイムシフトを引き起こすだろう。

かつて恐竜が「巨大な爬虫類」から「羽毛を持つ鳥類の祖先」へとイメージを一変させたように、私たちの祖先の物語もまた、海の中から全く新しい姿を現すのを待っているのだ。


第1章:氷河期の世界を正しく知る

まず、私たちが立つ舞台そのものである「最終氷期」の環境を正しく理解する必要がある。

用語期間(目安)特徴
最終氷期約11.5万~1.17万年前地球全体が寒冷化した最後の氷河時代。
最終氷期最寒期 (LGM)約2.65万~1.9万年前最終氷期の中で最も寒冷化が厳しく、海面が最大約120m低下した時期。
亜間氷期 (Interstadial)数千年周期氷期の中で、一時的に気候が温暖になった時期。
亜氷期 (Stadial)数千年周期氷期の中で、特に寒冷になった時期。

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重要なのは、氷期が常に極寒だったわけではないという点だ。数千年単位で温暖化(亜間氷期)と寒冷化(亜氷期)の波が繰り返され、人類の住みやすい場所は常に変動していた。


第2章:大切なものは、本当に海の中

失われた大陸

最終氷期最寒期(LGM)には、海水面が120m以上も低下した。これにより、現在の海底、特に大陸棚が広大な陸地として姿を現していた。

  • スンダランド: 現在の東南アジア島嶼部と大陸を結んでいた広大な陸地。
  • ドッガーランド: イギリスとヨーロッパ大陸を繋いでいた、北海の豊かな平野。

これらの地域は、河川が流れ、動植物が豊富な、人類にとって最も住みやすい**「一等地」**だった可能性が極めて高い。私たちが現在見つけることができる陸上の遺跡は、当時の広大な世界の、いわば「山の手」や「辺境」の痕跡に過ぎないのかもしれない。

常識の逆転

「氷河期は寒くて悲惨」というイメージは、高緯度地方に偏った見方だ。低・中緯度地域では、状況は全く異なる。

  • グリーン・サハラ: 現在のサハラ砂漠は、当時は緑豊かなサバンナや湖沼地帯(アフリカ湿潤期)だった。
  • 過ごしやすい気候: LGMでさえ、低・中緯度の気温低下は平均で約5.8℃。現在の灼熱地獄より、むしろ過ごしやすい気候だった可能性すらある。

つまり、氷河期は人類にとって「住みにくい時代」どころか、**「現在よりもはるかに広大で豊かな生活圏が広がっていた時代」**と捉え直すべきなのである。


第3章:人類は「行ったり来たり」していた

「アフリカから出て世界へ」という「グレートジャーニー」の物語は、単純化されすぎている。人類の移動は、もっとダイナミックで双方向的なものだった。

気候の振り子

亜氷期(寒冷化)と亜間氷期(温暖化)の繰り返しは、人類の居住可能域を周期的に変動させた。

  • 温暖期には、人口は南から北へ、そして沿岸部から内陸へと活動域を拡大。
  • 寒冷期には、再び北から南へ、そして内陸から沿岸の温暖な避難所へと人口が収縮・移動。

人類の拡散は、一直線に進むのではなく、振り子のように南北・東西を往復する動きを何万年も続けていたと考える方が自然だ。

時間のスケール感

私たちは「5万年」という時間を直感的に理解できない。「人類が〇〇に到達したのは×万年前」という地図の矢印は、数千年、数万年という途方もない時間を一点に圧縮している。世代交代が15〜20年だったとすれば、5万年間には2500回以上の世代交代があった。その間に、気候変動の波に乗って人類が何度も往復運動を繰り返すのは、当然のことだっただろう。


第4章:残された遺跡の「本当の意味」

では、現在発見されているトルコのギョベクリ・テペや、日本の無数の縄文遺跡は何を意味するのか?

これらは「オーパーツ(時代錯誤遺物)」なのではなく、失われた世界の「縁(へり)」に残された、極めて貴重な証拠なのだ。

  • なぜそこに在るのか: 日本列島やジャワ島のような場所は、沈んだ大陸の「山の尾根」が海面上昇後も島として残った地形だ。だからこそ、痕跡が残りやすかった。
  • 「辺境」だからこそ残った: 文化の中心地は、後の時代に新たな文化が上書きされていく。一方で、辺境や避難所(レフュジア)となった地域では、古い文化がそのまま保存されやすい。

農耕革命以降の「文明」は、決してゼロから始まったわけではない。それは、氷河期に育まれた、おそらくは私たちの想像を超えるほど高度だったであろう文化や航海技術などを**「継承」し、その上に重ね書きされた「パリンプセスト」**のようなものだったのかもしれない。


結論:歴史を知るための「謙虚さ」

近代科学の強みは実証主義にある。しかし、その弱点は「証拠(エビデンス)がないものは、存在しない」と安易に断定してしまうことにある。

ヴィトゲンシュタインは「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と言った。人類史において、海底に沈んだ部分はまさにこの「語りえぬもの」だ。私たちは、知らないことに対して謙虚でなければならない。

歴史とは、固定された一つの物語ではない。フーコーが言うように、それは時代や視点によって絶えず書き換えられる。今、私たちは、水中考古学という新しいペンを手に入れ、人類史の失われた章を書き加える、壮大な時代の入り口に立っているのである。