- 2026年2月10日
「検査は異常なし」の正体
機能性疾患(Functional Disorders)の歴史と、書き換えられつつある医学の地図
「検査は異常なし」の正体
機能性疾患(Functional Disorders)の歴史と、書き換えられつつある医学の地図
「血液検査も画像も“異常なし”。でも、痛い・だるい・めまい・動けない・お腹がつらい……」
この手のしんどさは昔から存在したのに、長いあいだ医療の中で説明が弱いまま放置されがちでした。
ところが近年、この領域はけっこう劇的に進化しています。
結論から言うと、医学はようやく――
- “何も見つからないから仕方ない(除外診断)” から
- “こういうパターンと仕組みで起きる(ポジティブ診断)” へ
舵を切り始めました。機能性神経症状症(FND)はその代表で、近年のレビューでも「陽性所見(positive signs)を用いる“rule-in”診断」へ移行する流れが強調されています。
1分要約(忙しい人向け)
- 機能性疾患は「ニセモノ」でも「サボり」でもなく、ざっくり言えば身体システムの“制御・調整の乱れ”。
- 歴史的にはヒステリー→身体表現性→「原因不明(MUS)」の時代を経て、いまは FND / DGBI / PPPD / nociplastic pain など、メカニズム志向の言葉が増えている。
- “検査で異常がない”は「原因が心だけ」という意味ではなく、測っていない場所(回路・学習・感度・予測)に問題があることが多い。
2. 「機能性」の意味:ハードが壊れてないのに、動きが変
機能性疾患を一言で説明するなら、Geminiニキの比喩はかなり使えます👇
- **ハードウェア(臓器・神経の構造)**は大きく壊れていない
- でも **ソフトウェア(制御・予測・学習・感度調整)**がバグったり、過学習したり、誤作動する
もちろん比喩なので「全部ソフトのせい」と言いたいわけではありません。
ポイントは、構造の異常(腫瘍・炎症・梗塞など)だけで病気を定義してきた医学が、いま“制御の異常”も正面から扱い始めた、ということです。
3. 歴史:ヒステリー → 便利語の時代 → “ルールイン”へ
機能性疾患の歴史は、医学が「見えないもの」をどう扱ってきたかの歴史でもあります。
ざっくり年表
- 19世紀〜:ヒステリー/転換(conversion)
目に見えない麻痺や発作が「心因」として理解されやすかった。 - 20世紀後半:身体表現性・心身症/「医学的に説明できない(MUS)」
“説明できない”がそのままラベルになり、患者さん側にはモヤが残りやすかった。 - 2010年代〜現在:「ポジティブ診断」の時代
- DSM-5系では、身体症状症(SSD)などが整理され、「原因が見つからないから診断する」のではなく、症状への過度なとらわれ・不安・行動などを重視する枠組みに。
- 神経領域ではFNDが「ルールイン」で診断される方向へ。
日本独特の受け皿:「自律神経失調症」
日本では長く、「検査で異常が乏しい不調」をまとめる便利語として自律神経失調症が広く使われてきました(ただし意味が誤解されやすい、という指摘も研究史として整理されています)。
この“便利さ”は患者さんを救う面もありましたが、同時に「結局なにが起きてるの?」が曖昧なまま残りやすかった。ここを、近年の新しい概念群が埋めに来ています。
4. 近年のパラダイムシフト:臓器別から「ネットワーク」へ
いま起きている変化は、「器質 vs 機能(=本物 vs 気のせい)」という二分法を壊して、ネットワークの障害として説明する方向です。
① 消化器:FGID → DGBI(腸—脳相関障害)
“機能性胃腸症(functional GI disorders)”という旧称から、**Disorders of Gut–Brain Interaction(DGBI)**へ。
Rome基準(Rome IV)がこの流れを強め、いまはRome Vとして国際的コンセンサスの更新も進んでいます。
② めまい:PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)
2017年に診断基準がまとまり、「慢性めまい」の整理に大きく寄与しました。
“新しい言葉だが病態は昔からあった”と明言されています。
③ 痛み:nociplastic pain(ノシプラスティック疼痛)
IASPが2017年に採用した「第3の疼痛記述子」で、侵害受容性(炎症や組織損傷)でも神経障害性でも説明しきれない疼痛を、「痛み処理の変調(altered nociception)」として捉えます。
④ 神経:FND(機能性神経症状症)
FNDは、症状が“作り物”ではなく本人にとって不随意に起きること、そして「陽性所見」に基づく診断へ、という流れがはっきりしてきています。
5. 「機能性=炎症ゼロ」ではなくなってきた:微細炎症のスパイス
ここ、誤解されやすいので丁寧に言います。
機能性疾患は“炎症がない”という意味ではありません。
むしろ最近は、線維筋痛症などで慢性的な低グレード炎症が感作(過敏化)に関与し得るといった議論が増えています。
これは「だから全部炎症だ!」という話ではなく、
**“脳—身体の調整系(神経・内分泌・免疫)が絡み合う”**という理解が進んだ、ということです。
(この流れは、先生が以前触れていた「炎症性サイトカインが気分・覚醒・だるさに影響する」系の話とも、相性が良いです。炎症が脳に sickness behavior(病気のふるまい)を起こし、抑うつ様症状に接続し得る、という古典もあります。 )
6. じゃあ結局、なぜ症状が続くのか?(一般向けに言うと)
機能性疾患を「根性」や「性格」の話に落とすと、だいたい悪化します。
一般向けに一番役立つ説明はこれです👇
悪循環モデル(ざっくり)
- 体調変化(痛み・めまい・腹部不快など)が起きる
- 不安・警戒が上がる(「何か重大な病気では?」)
- 脳がその感覚に注意を固定する(感度が上がる)
- 回避行動が増える(動かない・食べない・検索し続ける 等)
- 体力・自信・予測が崩れて、症状が出やすい状態が維持される
これを医学っぽい言葉で言い換えると、
**「予測と学習(過敏化)が、症状を“固定化”する」**という話になります。
7. 治療は「再起動」ではなく「再学習」になってきた
機能性疾患の治療は、単に「検査して安心させる」でも「薬だけ」でもなく、**再学習(リトレーニング)**の色が濃いです。
- 体の扱い方を取り戻す(リハビリ、段階的曝露、呼吸・姿勢・バランスなど)
- 注意の固定をゆるめる(CBT的介入、生活の再構築)
- 睡眠・不安・疼痛のベースを整える(必要に応じて薬物も使う)
- “説明”そのものが治療になる(病態理解で恐怖が下がる)
FNDが象徴的ですが、診断と説明が「あなたの症状は本物で、仕組みはこうで、回復ルートはこう」という形になるほど、治療が前に進みやすくなります。
8. よくある誤解(ここだけでも読んでほしい)
- 「異常なし」=「何もない」ではない
“検査で見える異常”がないだけで、症状は本物。 - 「心因」=「気のせい」ではない
心と体は別OSじゃなくて同じ筐体。 - 「機能性」=「演技」ではない
近年の枠組みはむしろ「不随意で起きる」を前提に作られている。
9. 受診の目安(赤旗だけは別扱い)
機能性の話をしていても、急性の重篤疾患を見逃さないのは別の話です。
突然の強い麻痺、激烈な頭痛、意識障害、胸痛・呼吸困難、黒色便・吐血、高熱の持続、急激な体重減少などは、まず一般身体の評価が優先です。
まとめ:機能性疾患は「医学の敗北」から「医学の再定義」へ
機能性疾患は、かつて「原因不明のゴミ箱」にされがちでした。
でも今は、
- DGBI(腸—脳)
- PPPD(めまいの学習固定)
- nociplastic pain(痛み処理の変調)
- FND(陽性所見でルールイン)
のように、「測れるものだけが病気」という古い地図を書き換える概念群がそろってきています。
そして日本では「自律神経失調症」という便利語が担ってきた領域を、これからはもう少し精密に、かつ患者さんの尊厳を損なわない言葉で語れるようになってきた――この変化自体が、いま一番のニュースかもしれません。