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  • 2025年10月31日

なぜ聖書を作るのか、日本(人)と古代ユダヤ(人)は比較文化論のおもしろさ

なぜ聖書を作るのか、日本(人)と古代ユダヤ(人)は比較文化論のおもしろさ

ショートサマリー

「ユダヤはなぜ聖書を編纂し、日本はなぜ単一の聖典を持たないのか」を比較文化の視点で論じ、ユダヤ側は離散と王国喪失が“カノン化”を促進、日本側は輸入・編集・分散保存・更新による継承が機能したという仮説を提示。最後に「日本版聖書」思考実験で論点を可視化しています。

・「日本は“分散正典(distributed canon)”の文明である。ユダヤは“集中正典”である」

日本は単一の聖典を持たない。だがそれは「欠如」ではない。六国史・延喜式・写経と式年遷宮に象徴される分散正典—更新し続ける保存装置—が、島国の文明を支えてきた。

・ユダヤ人はなぜ聖書を作り、日本人はなぜ聖書を作らなかったのか?

「ユダヤ人はなぜ聖書を作り、日本人はなぜ聖書を作らなかったのか」

 どちらかというと人間や国は何かの全集を作る傾向があるように見えます。

 ただ程度や時代や背景に違いがあります。

 世界的に見ると文書を編纂してそれを正統として宗教や民族や国の中心に据える傾向がみられます。

 まず聖書を中心とする世界の大きな勢力である啓典宗教のキリスト教、イスラム教、ユダヤ教はそれぞれ別々の物のように見えますが大きな目で見ればこれらは聖書と古代ユダヤ教から派生した啓典宗教というもので、これらを合わせると巨大な文明圏をなします。

 中国人の聖書と関係ない人々もインド人のヒンドゥー教徒も何億人もいますが聖書文化圏の啓展宗教民も世界のマジョリティーです。

 仏教でも南伝仏教も北伝仏教も経典を大切にします。

 三蔵法師がお経を得るために天竺に旅した話は西遊記として有名です。

 朝鮮では国家事業として仏典全てを編纂しようし、これは朝鮮と

 啓展宗教の特徴は聖書を作ったことで聖書こそが啓典宗教の中核です。

 これを作ったのが人類のトップレベルの大発明です。

 また中国人も王朝や政権の交代ごとに歴史や儒教などを含めた文書編纂を繰り返してきた民族です。

 共産中国になってからはそれが資本論や毛沢東語録や習近平主義のなんかの本に書いている顔知れません。

 ともかく国家とか宗教には中心となる文書が大切という文化があります。

 インドのヒンドゥー教はよく知らないのですがこだいであればヴェーダの口伝や今の学術知識だと昔はインドは無文字社会と言われていましたが現在は文字があったことが分かっていますので口伝、文書合わせてそういうのが文化の中核になっていたでしょう。

 そういう意味では仏教も負けていません。

 中国や朝鮮などが仏教国だった時代は仏教の経典の編纂が国家事業でした。

 たしか日本のどこかの企業が企業の理念として仏教経典を網羅的に編纂していたと思いましたが今はどうなっているかわかりません。

 こういう世界の文化と歴史を見ていくと国でも宗教でも民族でも文書を編纂してそれを正統とすることこそ現在の人類文明の核となっているという見方ができます。

そんな世界の中で国家的な文書の編纂や正統化を行わなかった(一部行ったかもしれないが)が日本です。

これは構造主義的差異の考え方とポスト構造主義的な相対主義の考え方を組み合わせると2つの疑問が出てきます。

①     なぜ世界は文書の網羅的編纂を行いそれを正統としようとするのか?

②     日本はなぜ文書の集約的な編纂を行わず聖典化もしないのか?

という2つの見方が出てきます。

 世界のいろんな文明だと広すぎるので聖書を編纂した古代ユダヤやユダヤ人と日本と日本人を比較してみることにします。

・日本人は文献編纂と正統化を行わなかったか?

文書の編纂と正統化は行う/行わないの2項対立ではなく程度の問題ですので日本でも国家レベルの文献の編纂は行っています。

逆に古代ユダヤ人でも宗教書以外の部分は中国みたいに医学書から何から編纂できるビックパワーはなかったのかもしれないので宗教の部分やその周辺部しか行っていないのかもしれません。

やはり中国は特別だと思います。

それなりに国力があれば文書編纂や図書館作ったりはできでしょうがアレキサンドリアやバグダードの図書館は戦乱の中で焼けてしまって残っていません。

中国が王朝交代ごとに作った文献もやはり現代に全て残っているわけではありません。

日本はどうかというと国家成立がいろいろ議論はありますが中国の文献のおかげでわかるところが多いので恵まれているかもしれません。

日本最古の文献集は古事記や日本書紀や万葉集だと思われますが日本書紀なんかはもろに国家編纂の正統な文献集です。

こういう硬い文献もあれば勅撰和歌集のような柔らかい国家編纂の文献もあります。

そういうわけで日本が文書編纂や全集のようなものを作らなかったわけではないのですが、日本書紀のような国家創建に関わるような文献は気合が入って見えますがその他は何か緩く見えます。

 そもそも国家や民族の気合のこもった文書編纂にはそれを行う理由があるでしょう。

 同時に国家や民族で気合のこもった文書編纂を行わないならそれもまた理由があると思われます。

・日本はなぜ国家、民族、宗教の文書の編纂に熱心ではなかったか?

 まず日本の場合から見ていきましょう。

まず挙げられるのは日本の場合は自分で作らなくても中国から輸入してしまえばよかったという面があるかもしれません。

日本は中国という世界史トップの大文明と接していて海で隔てられているとはいえ交流しようと思えば交流できる地理的、地政学的な場所にあります。

自分で作らなくても輸入したらいいし、むしろ自分で作るより中国産の方が品質も上等です。

わざわざ苦労して自分で作る必要がありません。

自国の歴史や和歌などは中国から輸入できないので自前で作るしかありませんが、それ以外は中国には何でもあります。

中国には何でもある割には金銀銅などの貴金属には乏しいですが、それは逆に日本にはたくさんあります。

と言っても日本で鉱山開発や精製が進んだのはかなり後の時代かもしれませんが。

お互いにないものを交易で賄うのはまさにウィンウィンの関係で貿易論の理想です。

まあ中国は超大国で日本はちっぽけな国なので貿易規模も当初少なかったでしょうし中国にとっては日本はどうでもいい国ではあったと思いますが。

それに中国文明は策法体制で朝貢国貿易の時期が長かったでしょうから現代的な貿易とはちょっと違ったかもしれませんが。

中国という大文明があるおかげで日本では法律から制度から中国の物を悪い言葉を使うとまるパクリできます。

法律や制度や身分や技術、宗教、文字、神話や文化、技術、産業いろんなものを中国から導入できます。

まあ中国が持ち出しを許してくれないものもあるかもしれませんが。

日本語の語彙の中国語由来の物は圧倒的に多いでしょう。

仏教はインドの物ですが日本には全て中国を通じて導入されています。

法令や制度など律令制も中国の物です。

日本の得だか損だか分かりませんが特徴はそういうものを選択的に導入できるところです。

かつ導入した文物を編集可能です。

オリジナルを自分に合うように、あるいは気に入るように変えてしまえます。

しかもそれに文句言う人がいないし文句言われても構わなければいいだけです。

文句言う人もわざわざ日本にまで攻め込むこともないでしょう。

コスパが悪すぎます。

同じ中華文化圏の朝鮮やベトナムに比べると日本は得です。

中国のいいとこどりを中国の心証に関わらずできます。

そもそも中国も日本みたいな小国の東夷に興味もないし眼中にもなかったのではないでしょうか。

冊封体制や朝貢国になるかどうかも中国の意向に関係なく日本の都合で自分で勝手に決めています。

まあ日本ごときの辺境の小国に中国の意向というものがあったのかあやしいですが。

得なら冊封体制に入って朝貢するし得がなければ関わらないみたいな感じです。

それどころが日本はそもそも蛮族です。

四夷の東夷・南蛮・西戎・北狄のうち東夷が日本です。

蛮族は中国にとっては攻めてくる存在で中国はそれに対して防衛しないといけません。

わずらわしいことこの上ないどころかしばしば滅ぼされてしまい支配されるの繰り返しが中国の歴史です。

日本も例外ではなく朝鮮出兵で明と戦いましたし倭寇などで中国沿岸を荒らしましたし(倭寇は中国人も多かったが)、日中戦争で中国に戦争したりしています。

朝鮮やベトナムは地続きだったせいか直接攻め込まれたり支配されたりした歴史があり中国にはいろいろな複雑な感情を持ちがちです。

中国人としては世界の中心の漢民族と朝貢国と野蛮人に対する考え方がそれぞれ違います。

中国人は天然に世界の中心のリア充で虚勢を張る必要もなく自尊心や自信とすら呼べず無意識レベルで教示を持っています。

朝貢国は朝貢国です。

野蛮人は嫌いなのではないでしょうか?

野蛮だから嫌いなのではなく中国に気ままに攻めてきたり王朝を滅ぼしたりするからです。

それに対して四夷の野蛮人対置は中国に対する感情が純粋というか単純というか素直というか無垢というか天真爛漫というか子供っぽい感じです。

別に地理的に離れているから攻められることを恐れることもありませんし、中国文明には敬意を払いつつ、得だと思えば責めたりします。

・ためしに日本で日本の聖書を作ってみる

 なんとなく具体性があった方がいいと思うので日本版聖書、あるいは中国の全書のようなものを試しに作ってみましょう。

 これは一種の思考実験です。

 聖書は宗教書ですが歴史書でもありますし詩集も物語も目次文学も入ったユダヤ人が作ったユダヤ教徒のためのユダヤ民族のできるだけ全て、少なくとも核心部を網羅した文書です。

 しかもつくられた時代から近代的な紙の本ではありません。

 現代版の日本語訳聖書を思い浮かべたら作られた当初のイメージと会いません。

 聖書は全集のようなものでいろんな文献の集まりです。

 しかも基本は写本で複数系統あって、写本ごとに違いがあったりします。

 ただ集めればいいというものではなくどの写本がいいかとかどの表現を採用するとかオリジナルに近いとかいろいろ考えなければいけない現実の実務上の煩雑さもあります。

 いろんな文献から聖書にふさわしいものを選んでワンセットにしましたが当時の技術で紙の一冊の本にはできないでしょう。

 羊皮紙化なんかの巻物を集めたセットだったはずです。

 聖書というよりユダヤ教文献全集と呼んだ方がいいかもしれません。

 聖書の最初をモーセ五書と言いますが現代版の聖書で見ると章のように見えますがげんもともと別の書物です。

 現在は紙の導入や製本技術も向上したので一冊の本の一生のように見えますが例えば一番最初の創世記というのは昔は一個の文献で、おそらく羊皮紙の巻物でした。

 たくさんの巻物を集めて聖書と呼んでいたわけです。

 日本で日本人の日本教?(民族?)のための聖書を作ろうとするとまず文献集めと文献の選抜から始まります。

 古事記、日本書紀、万葉集は外せないでしょう。

 歴史書的な感じだと大鏡や平家物語や大日本史なども入るかもしれませんし他にもいっぱい候補はあるでしょう。

 万葉集のような詩や歌の系列だと勅撰和歌集や奥の細道のようなものも入るかもしれません。

 宗教的な物は多分難しくて日本は一神教でもありませんし、宗教だか宗教でないのかわからないようないろんな思想がてんこ盛りです。

 神道とまとめられる宗教があったとしてこれぞ聖典というものがハッキリしません。

 逆に仏教はお経が多すぎます。

 適当に、というと語弊がありますが般若心経や阿弥陀経や華厳経や妙法蓮華経や全集の有名な本など入れておいてオールスター化してもいいかもしれません。

 儒教はというとこれもいろいろありますが四書五経くらい入れておけばいいと思います。

 ユダヤ人の聖書もいろんな文学が入っているので源氏物語や枕草子や徒然草を入れておいてもいいかもしれません。

 中高や大学の文学部の初等過程で一通り習うような古典文学を入れることになります。

 その他必要なものを入れるだけでも膨大になりますがこれで十分というのは難しいです。

 そういう非常に煩雑なことをしないといけませんし意見がまとまるかと言えばまとまらないでしょう。

 きっといろいろな分派に分かれて争ったり合従連衡を繰り返すことになったりするでしょう。

 しかしそれ以前にこうも感じるはずです。

 「なぜこんなことをしなければいけないのか?」と。

 日本の古典や宗教書やその他の文献をまとめる、あるいはまとめる図書館を作るという発想が出にくいですし、必要性を感じないかもしれませんし、むしろ反対の声が出るかもしれません。

 つまり日本においては正典も全書も図書館も作る必要はないし、なかったのです。

・なぜ日本以外が正典や全書や図書館を作りたがったか?

 とすると逆の問いかけが生じるでしょう。

 なぜ日本以外の世界は文書を編纂したり正典を作ったり全書を作ったり図書館を作ったのか?です。

 これはいろいろ理由があるでしょうが作りたいから作ったと作らざるを得ないから作ったに分かれるのではないでしょうか?

 あるいはその両方が混じっている場合があるかもしれません。

 作りたいから作ったのは権力者の趣味や何かの情熱があったからなどの理由が考えられます。

 日本の勅撰和歌集や高麗の大蔵教などはそういったものではないでしょうか。

 作らざるを得ないから作ったのは古代ユダヤ人の聖書であったり中国の各王朝の全書だったりではないでしょうか。

 聖書は最初から作る気があればディアスポラの前に作っていてもよかったのかもしれません。

 ディアスポラがあったから作らざるを得なかった側面が強いのではないでしょうか。

 中国の場合は様式美というか義務みたいなもので王朝交代があると前王朝の文書を焼いて新しい文書を編纂します。

 これは王朝のレジティマシーを保証するための必要な行事です。

 特に歴史の部分が全王朝の悪政に対する天命による易姓革命でなくてはいけないのでそういう体裁が必要です。

 文献を作りたい場合と作らざるを得ない場合の一致がある場合は例えばお釈迦様が死んだ後の仏典結集みたいなのがあるかもしれません。

 昔はインドはお釈迦様の時代は無文字社会とも言われていましたが現在の考古学では紀元前6世紀には南インドやスリランカでブラーフミーという文字が確認されているので暗唱して伝えた面もあったかもしれませんが文字で伝わっている部分もあるかもしれません。

 お釈迦様が入滅して生前の言行や教えを残そうというのもあったのでしょうが教えを残したいという情熱というか情念のようなものもあったのかもしれません。

 宗教の文献や聖典編纂は必要に迫られたり急いでまとめないなと大変だったりという場合があるでしょう。

 例えばディアスポラのユダヤ人は正典つくりを急ぐ必要があったでしょう。

 高麗は国家がしっかりあるので下級の必要性でなく宗教的情熱で国家事業として編纂を行えたのかもしれません。

 日本の場合はよく分かりませんが国家レベルで急いで全書や聖典を集めて編纂する必要性はなかったのでしょう。

 また自分で編纂しようという意欲というか情熱もあまりなかったのかもしれません。

 誰かが編纂したのを必要に応じて輸入したらいいです。

 またそういうものがあるところを把握していて場合によっては見せてもらいに行けばよかったのかもしれません。

 理由はいろいろ考えられるのですが、そもそも文献、あるいは文物が失われないという信頼感があったのではないでしょうか。

 例えばそもそも日本は平和だったということがあるかもしれません。

 都が戦乱に巻き込まれるのは応仁の乱とか幕末の蛤御門の変とか鳥羽伏見の戦いとかでしょう。

 応仁の乱と言っても内乱かもしれませんがグダグダした感じの喧嘩みたいな感じですし、幕末は京も焼けましたが基本的には世界的に見ると平和なものです。

 鳥羽伏見は神君徳川家康以来の英傑と言われた徳川慶喜が日本の内乱を避けようと引きましたし、江戸も西郷隆盛と勝海舟という一流の政治家の会談で線かから巻き込まれました。

 大陸国家の戦争や宗教戦争のような内乱のようなものは起こらなかったし起こるとも思っていなかったのではないでしょうか?

 南北朝で楠木正成が戦略的に防御が難しい京都に敵を引き込む案も実現していません。

 だから織田信長の日演算延暦寺焼き討ちなど日本人にはびっくりだったでしょうが結局殺されてしまいました。

 もし論自身も家事もある国ですし文書は失われはしますが文書を残す、あるいは写本し引き継ごうとする継続への意志はしっかりしたものです。

 そもそも日本が災害や家事があっても安全で平和であればそもそも文献を集約しようとする蓋然性がなかったのかもしれません。

 むしろ文献を一か所に集めると家事や災害で失われてしまうリスクが生じます。

 関東大震災では東大が焼けて東大が集めた貴重な文献が大量にやけてしまいました。

 国内で分散補完しといた方が安全と思ってしまうほど日本人は日本を安全と思っていたのかもしれません。

 また日本人は日本にあったものしか受け入れませんし日本に合わなければ日本化する魔改造を行います。

 仏教を受容しても結局日本風に作り変えてしまいます。

 需要当時の混乱もありましたが最終的に江戸時代には戸籍管理と教育と先祖崇拝の儒教だか役所だか学校だか墓だか地域の寄り合い所かよくわからないものになってしまっています。

 文字も漢字から平仮名やカタカナを作りつつ、漢文も和漢混合分も普通の日本語も長らく使い続けます。

 律令制など輸入しながら科挙や宦官は輸入してません。

 新しいものを導入してもそれを日本風に作り変えてしまえばそれは日本の物になります。

 新しいものを編集したり改造したりしつつ古いものを残すという本能ともいえるような保守的、伝統主義ともいえるような国民性があります。

 古いものは意味が分からなくてもとりあえず保存する習慣というか慣習が何か行動原理というか思考原理に埋め込まれています。

 これを徹底的にしようとすると変に古いものはいじくりまわさないでありのまま置いておくということになります。

・日本は文献が残っている国だが遺っているのは文書だけではない

 日本は比較的平和であったおかげで文献がたくさん残っている国です。

 ただ残っているのが文献だけではありません。

 いろんな建築物や文献以外の文物や文化や昔の慣習が残っているというか残しているかする傾向が高い国です。

 それもローマのように建築がしっかりしていたので残ったとか、他のどこかの遺跡のように発掘して再現したというわけではありません。

 文書もそうですが日本は木造建築ですし高温多湿ですし自身も火災もあるので失われてしまうこともあります。

 日本がいろんなものが残っているのは文献なら写本や写経、建物なら建て直したり捕囚して途切れなく維持し続けています。

 京都は1000年の都とか言って寺社仏閣が多いですが別に平安時代の建築がそのまま残っているのではなく古いものでも近世建築、つまり江戸時代の建築だったりします。

 伊勢神宮などは式年遷宮でいったいいつから続いているのかすらよく分からない感じで続いています。

・もっとすごいものが残っている

 日本で最も脅威なのは王朝が残っていることです。

 それも神話の時代から、2600年前からです。

 まあ実際にどの時代から続いているのか分かりませんが少なくとも日本国内の歴史時代以前から続いている万世一系の王朝です。

 古代ユダヤが王国化したのはダビデからですが結局滅びてダビデの血統はどうなったのか分かりません。

 聖書ではイエスがダビデの血統を引いているというのを強調していますが血統や身分というのはそれだけ大切なものです。

 基本上流階級はいろいろ戦乱があっても上流階級のままであることが多いです。

 例えば今漫画で人気のキングダムは秦の時代の話ですが清王朝の重鎮はのちの時代でも上層階級です。

 主人公の李信は確か唐の詩人李白か誰かのご先祖様だったはずです。

 日本人は徹底的に血筋が残っている国です。

 古事記や日本書紀の登場人物の子孫が古い神社の神主さんだったりします。

 その最たるものが天照大神と天皇家ですがそれに限らず古い家柄がたくさんあります。

 古代迄遡らなくても先祖が源平藤橘である家はたくさんあると思います。

・結論

 雑駁としてしまいましたが日本は別に聖書も中国のように文献を集める必要もなかったということです。

 むしろ集めない方がよかった可能性すらあったということです。

 わざと全集や全書を作らなかった、といううがった見方さえできます。

 しかもその発想は文献とか文書に限らずあらゆる文物に対するスタンスだったかもしれないというものです。

 他方で日本外の多くの文化は全集的な文書を作る、にべもない言い方をしてしまえばメリットが大きかったから作った、という見方をすることができます。

 物事何にでも理由、特に合理的な理由があるとは言えないかもしれないかもしれませんがいろいろな見方や考え方をすればそれなりの理由は見つかる場合がありますし、まったく理由がなくても理由を作って後付けすることもできます。

 そういう意味では古代ユダヤ人は聖書を作る理由があったし、日本は聖書のようなもの、中国のような全書を作らない理由、しかもそれが消極的な理由ではなく積極的な理由があったのかもしれません。

日本が聖書を作らなかったのは、文化的怠慢や欠落ではなく、『生きた伝統』という究極の正典が存在し、かつ地理的条件がそれを許したからです。それは世界の主要文明とは異なる、独自のアイデンティティ維持の形態だったのです。